組織の定義再考

バーナードの定義を持ち出す迄もなく。

組織というのは、ある目的に向かって協力する、というのが大前提。ですから、目的を共有させることは、組織のリーダーの最も重要な役割です。リーダーの行う全ての活動は、目的共有のための活動と言い換えても過言ではありません。

勿論、組織がある程度より大きくなったら、必ずしも全員が同じ大目標を共有しているわけではありません。

しかし、黎明期の組織は、つまり、あまり大きくない組織は、全員が目的を共有することこそ、最も大切な事項です。

無風凧が存じ上げているある組織の話。リーダーがこの目的の共有をしようとしない。官僚的管理ばかり、と言う方。これでは組織は組織として成立しません。求心力がないので、単なる人の集まり。

折角優秀な人が揃っているのに、残念な話です。

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TELハラ

今日は、Nifty のニュースで面白い記事を見かけたので、その記事をネタに考えてみます。

その記事は「TELハラ」についての記事(コチラ 参照)。

記事のリードが

「電話対応は新入社員の仕事」は"TELハラ"に賛否 「電話に出られない人は不要」「ストレス過ぎて辞めた」

となっていて、これだけで、内容は想像できると思います。

TELハラ、、、電話を取るという業務ルールが法律違反(犯罪)か?

ハラスメントの定義自体は、「受けた本人が嫌だと思えばハラスメント」ですから、ハラスメントではあります。現代は「ハラスメント自体があってはならない」という風潮ですから、もしかしたら、世論的には「犯罪だ」と思われる方がいるかもしれません。若しくは、「嫌だと感じない人に業務を分担するほうが良い」と考える人も多いでしょう。

では。

ちょっとここで目先を変えて、「学校の宿題」を考えてみましょう。学校の宿題。小学校から大学院まで、宿題があります。これを「率先してやりたい」と思っている児童生徒学生はごく一部でしょう。言い換えれば、「嫌だ」と思っている人が多い。でも、適切な範囲において、「宿題はハラスメントだ」という意見はありません。逆に、大学の場合は、学校教育法に従うとある程度の「宿題」を出すように決められています。

教育的な目的である場合、「嫌だ」と思っている宿題も、社会的に認められます。つまり、宿題ハラスメントは法律違反にはなりません。

もう少し例を考えましょう。

日本人の、いや世界中の人のどの程度が「業務」を楽しいと思っているでしょうか?生活の為、給料の為に、しかたなくやっている、、、嫌だなあ、、、と思いながら黙々と業務をこなす人は多い。これは、「ハラスメント」でしょうか? これをハラスメント=法律違反だと言い始めれば、憲法でさだめられている「勤労の義務」じたいが、ハラスメントになてしまいます!

昨今は、何でも「ハラスメント」と言えば許してもらえるような風潮になっているように感じます。過度な指導や病的な場合の見極めなど非常に線引きが難しいところがあることは理解しています。しかし、それを良いことに、何でも「ハラスメント」としてくくってしまうことは些か行き過ぎな幼な気がします。

今日のブログ、賛否両論あるでしょうねえ、、、

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COVID-19: 諮問委員会

一都三県の緊急事態宣言が、3月21日に解除されることになりました。第4波が来るとか来ないとか、色々なことが言われていますが、その分析は今回は横において。

今日のブログでは、「決定の仕方(諮問の仕方)」を考えます。

まず一つ目。

一国の首相が、「解除したい」と宣言した上で諮問した場合、あなたは「ダメです」と言えますか?これは、なかなか言えないのではないでしょうか?。忖度というわけではありませんが、このブログの「組織と個人」のシリーズで書いているように、組織の長になっている人の意見が100%強い。その意味でも、ダメとは言えない。

そして二つ目。

諮問委員会のメンバー選択を決める権限者は、人事という手段で意見を調整することができます。いわゆる「御用学者」というわけではありませんが、事実すら曲げてしまうことができる。事実、菅さんは、自分の意に染まない人はどんどん切っていた人でしから、、、、そのように考えると、諮問委員会に「諮問する」以前に、諮問になっていない。

このように考えると。

今回の緊急事態宣言解除は、独断、と言って良いように思います。まあ、上述のように単純ではないことは想像に難くありませんが、大筋はこんなストーリーでしょう。

昨年。

無風凧は「Scientist主導の政治が必要」という記事を書きました。今改めて、「Scientist主導の政治」の必要性を主張します。

 

 

 

 

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組織と個人(4)

今日は、組織が個人に対してなぜ強いのか、について考えて見ましょう。これは、、、いま(Scoiety 4.0時代)のビジネスの弱さと根が同じ部分があります。おっと、5.0の時代に解決されてるという意味ではなく、これからの我々の生活基盤を脅かす、ということかもしれません。

今回の加藤の乱の場合は、エージェント契約、を結んでいました。一般化して、A社はxの業務の一部を担っていたわけです。A社にとっては、それは量的な問題です。つまり、x氏がいなくてもその業務自体は存在しますから(わかりやすく言えば、加藤氏以外にも芸人さんは沢山いて、営業は日々多なっています)。でも、x氏の個人にとっては、質的な問題です。つまり、自身ができない一部の業務を、外注にしているので、契約がなくなった時点でその機能がなくなるのです。これは、組織が個人に対して「優位」であることの別の側面です。

わかりやすい例で言えば、、、、創業期のベンチャー企業yに、経理担当者がいなかったとしましょう。経理部分だけをある企業Bに業務委託していたとして、Bがyからの業務委託を断ったとしましょう。ベンチャー企業yは、新しい委託先を探すか、もしくは内製するか、、、でも、創業期だから経理専門一人分の業務はないので、内製はできない、、、、となると、この瞬間に負荷がすごく増えます。

加藤の乱を、別の視点で見れば、このような「量」対「質」の戦いで、組織が強いということになります。

社会において。機能のオブジェクト化が進んでいる昨今、この量対質の戦いは至る所で起きています。簡単な例で説明しましょう。このブログの読者の中には、アマゾンでの買い物が常態化している方もいらっしゃると思います。もし。「明日から会費を2倍にします」といわれて、代替手段がすぐにありますか?来年、「更に二倍」と言ってきても、90%以上の人は仕方がない、とAmazonの会員であり続けるのではないでしょうか?

これも、組織対個人の力関係、言い換えれば量対質の戦いの本質です。

 

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組織と個人(3)

さらに続きます(コチラ 参照)。

今日は、少し「思考実験」をして見ましょう。

最近、森発言で脚光を浴びた(?)オリンピック・パラリンピック組織委員会。ここの全職員は「オリンピックを行う」ことに心から賛成して業務を行っているでしょうか?森元会長の女性蔑視発言を聞いて、批判的な意見を持った人もいるでしょうし、COVID-19のリバウンドが懸念される中、個人的には「開催することによる感染拡大の恐れ」を懸念している人もいるでしょう。

これらの職員は、なぜ、声を出さないのでしょうか?最新の世論調査でも約50%が「中止か再延期」を謳っている中(わからないという無効票等を除くと過半数)、それらに耳を傾けずに、上司からの指示に従う事が、果たして正しいこと、なのでしょうか?

ここからが思考実験の本番です。では、個人的には「中止か再延期」と思っているオリパラ組織委員会の職員は、なぜその主張をしないのか。よくよく考えて見てください。

おそらくは、、、生活のため、という意見が多いのではないでしょうか?下手に主張して職を失うことは、生きていく上での最低限の収入を得る事ができなくなる。だから、中止か再延期の主張をしない。

このように考えると。

組織は、個人に対して「戦わずして勝っている」と言っても良いでしょう。言い換えれば、「オリンピックの開催が正しいか否か」を論じる軸ではなく、生活ができるか出来ないか、という軸での攻防。

繰り返しになりますが、組織と個人の関係は、戦わずして組織が勝つ、これが日本人の気質なのです。(続く)。

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組織と個人(2)

昨日(コチラ 参照)の続き。

今日は、「3)xはAの批判を行った。」を扱います。

ここは、感情も入る部分で、とても難しい問題になると言えます。ここでいう批判は、大きく4つに分けることができます。

a) 対外的(外部を巻き込んで自社)に批判を行う
b) 社内問題として批判を行う
c) 個人の良心に従って、上司の指示を履行しない
d) その他

この4つ。それぞれに、法令遵守などの正義型と、個人の好みや習慣に端緒とする自己主張型の2種類があります(と言っても、綺麗に分けることができないのが現実なんですけどね)。

例えば。

加藤の乱は、a)の正義型だとしておきます。貴乃花の相撲協会批判は、正義型と自己主張型のMix。

b)の例はたくさんあって、パワハラやセクハラの内部通告制度などが分かりやすい例です。通報後に報復人事が行われた、という例は枚挙に暇がありません。

c)は、赤木さん(籠池問題で有名になった元近畿財務局職員)でいかがでしょうか?

ここで大切なことは、新聞記事などになっている範囲において、すべて、組織側が「勝っている」ということです。a)の正義型ですら、個人が勝つ事例がない、、、というのは、驚きです。皆様、どのようにお感じになりますか?(続く)。

 

 

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組織と個人(1)

ちょうど良い「組織論」の事例だと思うので、タレント加藤浩次氏と吉本の記事を扱わせていただきます。(コチラ など参照)。

扱う事例の中で、一般化して下記のような「背景」とします(個人的な感情などを捨てて、ケースとして一般化します)。

背景(一般化)
1)企業A と 個人 x
2)xはAの従業員であった。
3)xはAの批判を行った。
4)xとAは雇用契約からエージェント契約に切り替えた。
5)Aはxとのマネジメント契約を解除した。
6)xは個人事業主としての仕事を失った。

ここで、「エージェント契約」という言葉があまり一般的では無いかもしれませんが、Uber Eatsなどでも行われている個人事業主と企業の契約形態の一つと考えて良い。つまり、表向きは「対等な」契約です。

さて。

今日は、まず5)を考えてみます。契約を解除、というと対等な感じがしますが、果たしてそうでしょうか?この形式、、、Uber Eatsも良い例だと言えますが、、、だと、雇用契約では無いですから、契約の解除はいつでも出来ます。これを拡大して行くと、企業は全ての従業員と個人事業主契約することにより、企業の都合でいつでも解除できる、言い換えれば「解雇」することが出来ます。もっといえば、アルバイトと同じ形になります。

ただし。これは、全く逆のことをいうこともできます。
xの売り上げがAの売り上げの半分を超えているような場合を考えてください。xとしてAに所属している意味が無い、と判断した場合は、xがAとの契約解除をすることが可能になります。xは、売り上げを盾にとり、Aを独裁化することが可能です。そして、独裁が難しいとなると契約解除、そしてAが破産。

このように考えると。結局が企業と個人の力関係(この言葉も随分曖昧だと思いますが)が如実に表れる契約形態になっているということになります。

加藤の乱では、結局「吉本の加藤切り」という言い方をしているマスゴミが多いようですが、上述のように考えれば、加藤氏の売り上げが吉本の売り上げの中では大きくなかった(大きくなくなった)ということを意味しているにすぎません。(続く。)

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上司とは。

先日。とある大学の副学長というかたと話をしました。その大学、色々と問題をかかえているようで、ある意味お茶飲みながら愚痴を伺っていたようなものですが、、、今日はその中で盛り上がった、上司について、アップします。

学校にかぎらず「組織(人のあつまり)」には必ずリーダーがいて、上司に相当する人がいます。その「上司」なのですが、、、副学長の話した「命令することが上司ではない」に対して、無風凧が「譲司になる必要もありますね」と言ったところから、話が盛り上がりました。

譲司になるひつようもありますね、、、つまり、上に立つ者は、時には部下からの申し出にたいして「譲る(ゆずる)」ことをしなくてはならない、と無風凧が言ったところから会話がひろがり。その時その時の情況を的確に判断しなくてはならないという意味では、「情司」(情けを持った人)でなくてはならい。。。さらには、「良い組織に醸成していく人のことだね」とのことで「醸司」という言葉もとびかい、、、はなしはどんどん膨らみました。声は大きくなくてはならない(わかりやすい話をしなくてはならない)という意味で「声司(これも、、じょうしと読めます)」となると、ちょっと漢字遊びに走りすぎ、な感じもしましたけど、ずいぶん博識もありました。

この副学長という方は、ずいぶん組織運営の経験があるようで、組織運営の秘訣などお話し下さりました、、、そして最後に、自分の学校運営に対して「静司(今は静かに見守る時期)である時かもしれないな」と語っていました。

無風凧にとっても、大変勉強になったヒトトキでした。

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権威主義的組織構築

先日、とある組織の副代表の方から相談を受けました。

この組織は、より大きな組織の中の一つの部門。ということは副代表と言っても実質サブトップというわけではありません。加えていうなら、上からの任命、、、だそうです。

結果として。代表はとても権威主義的。上の組織の意向を前面に出して権威主義的な組織構築・組織運営を行っている。そのため、組織メンバーの意識は上がらず、それどころか、メンバー集めすらままならない、、、

この話をきいて、「箱物行政」という言葉を思い出しました。予算執行のために箱(建物)だけつくる。実際は誰も使わない箱。ただ、天下り的に「箱物の管理者」が任命されて、実質仕事もしないのに給料泥棒する。。。

さて、この組織をどのようにしたら活性化できるか、というのが副代表の方からの相談でした。無風凧は言いました。

「無理です。一旦組織を解体して、代表を変えましょう。Teal組織を目指してみて下さい」

さてこの組織、今後どうなるのか、、、目が離せません。

 

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要検討:組織論の重大な課題

これは、実話です。

無風凧は、組織で色々な作業をする場合、まず「ゴール」を設定します。何時までに何を行うか。これは、無風凧がリーダーであるかフォロワーであるかに関わらず、まずゴール設定。そして、役割分担。

ところが、先日、無風凧が参加したプロジェクトで、「とりあえず、やれ」というタイプのものありました。どこまでやるか(ゴール)は未定。とりあえず、手を動かす。ゴール共有の時間が勿体無い、という論法です。

参加者が全員、気心も知れていて、ある意味では「暗黙にゴール共有」できているのであれば、とりあえず動き始める場合もあると思います。それは否定しません。でも、初参加で、ゴール共有ができない、、、

その時に、無風凧は思いました。世の中のプロジェクトには、意外と「ゴール共有よりとりあえず手を動かせ」というものが多いのではないか、ということ。そして、その場合にどのように振る舞うべきか、、、これは、組織論における一つの大きな課題であるとともに、ほとんど手がついていない領域ではないかと思います。というのも、バーナード以降、組織は「ゴール共有」することから始まる、というのが組織論ですから。

何れにしても、、、ゴール共有しない組織でのワークに、無風凧は疲れ果ててしまいました。

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