スペイン土産のコースターを見て考える。

スペイン土産で、コースターを二つ戴きました。

薄い木製のコースターで、六角形。

この二つのコースター。大きさが微妙に違う。良く見ると、六角形も正六角形ではない。手作り感が漂っています。

このコースターを見ながら考えました。

日本なら、、、きっと、ぴったり同じ大きさで、正確に正六角形のコースターをお土産品店にならべるでしょう。と言うのも、コストを下げるために人件費を削り、その分工業製品化する。だから、大きさも形も全く同じものが出来上がる。

スペインだと、、、よく分かりませんが、子供が家計を助けるために手作りしていたり、、、だから不揃い。

たかがお土産、と言うと失礼かも知れませんが、わざわざ資本を投下して効率化するようなものでは無いのではないでしょうか。手作りの人たちに仕事を残す。ある意味で、とてもエコな生産方式です。

現代の資本主義社会では受け入れられ難い考え方であることは理解していますが、このようなローテクな産業を大切にすることも、社会全体では必要だ、と無風凧は思っています。


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にわかラグビーファン増殖中!(ビジネスの初歩)

いささか旧聞ですが、、、、ラグビーのワールドカップ予選リーグ。日本がアイルランドに続いてサモアも撃破しました。パチパチ。これは決勝進出も夢じゃない、って感じです(確率的には90%以上進出するでしょうね)。

日本中どこに行ってもラグビーラグビー。プロ野球のセントラルリーグのChampion Seriesや、ドーハでの世界陸上が霞んでいるように感じます。日本中に「にわかラグビーファン」が増殖しているようです。

この状況を見て、、、ビジネス戦略の良いケースだと感じた、というのが今日の記事です。

まず。大前提(意外とビジネス界の人も見落とし勝ち)は、可処分所得と可処分時間には上限(飽和値)があるということ。

聖徳太子のように一度に7人の人の話を聞くことができるというのであっても、可処分時間の上限があります。

このように考えると、俄かラグビーファンが増えるということは、サッカーファン、陸上ファン、野球ファンの時間の一部がラグビーに取られている、ということ。つまり、顧客(ファン)獲得の競争戦略の中では、「ラグビーに負けている」ということ。もちろん、スポーツ全体としてみれば、ほかの趣味に使う時間がスポーツに移ると考えることができれば、サッカー団体人や陸上団体人も喜ぶかもしれませんが、、、

ここまでは、初歩。

TV番組と視聴率の例を考えてみましょう。Aテレビ局が放送することができるスポーツは、同じ時間には一つだけ。その意味では、ファンが一人でも多い方が、番組として採用される確率が上がります。俄かラグビーファンが増えれば、ほかのスポーツは放送されません。たとえば、「実際の可処分時間比率」が、6:4であっても、放送事案比率は、10:0 になるのです、、、こうなってくると、放映権料が収入源であるスポーツの団体は、顔色が青くなるのではないでしょうか? ラグビーファンのにわか増加が、自分たちの収入に打撃を与えます。

このように考えると、新聞や雑誌は、比率を守ることができるでしょうから、各スポーツ団体にとってはそちらの方が具合が良いのかもしれませんが、新聞業界や雑誌業界も少ない原資の「効率的活用」のためには、ラグビーに比重が移るのは仕方がないことです。つまり、資本がラグビーに映るというのは、可処分時間が映るよりも、インパクトが大きい。

さらに。

ビジネスの規模は小さいのですが、グッズ販売にも影響があります。まず、可処分所得のシェア争いに負けるのは、上述のファン獲得例と同じなのですが、生産に関してはもっと深刻です。「にわかファン」は、「この時期のファン」ですから、グッズも「便乗で作りきる・売り切る」のが鉄則。だから、「不足しているグッズの緊急増産、緊急配送」が当たり前。経営者の視点でみれば、従業員を馬車馬のように働かせる。運送業者はトラックを飛ばして、、、ブラックな業界が「よりブラック」になります。そして、緊急増産時の雇用は、この時期を過ぎればなくなる、、、

このように考えれば、想定以上の「にわかファン」の増加は、経済にプラスの影響だけではなく、マイナスの影響もばかにできません。

とか、書いていますが、、、、無風凧も、13日のスコットランド戦には、ぜひ勝ってほしい、と思っているにわかラグビーファンです(爆)。

 

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H. ミンツバーグ

引越の準備をしていると、必然的に書棚を見返すことになります。毎日見ている書棚なのに、こういう時にぴょこんと「久しぶりに読んで頂戴!」って出てくる本があるから不思議です。

昨日出てきたのは「H.ミンツバーグ著 MBAが会社を滅ぼす」。

この本は、日本語タイトルが結構「攻めて」いますが、原題は「Managers not MBAs」というもので至って「真面目」な本です。

無風凧が組織論で学位論文を書いている最中の上梓でしたから、内容はよく覚えていて、ちょっと感情的な愚痴が多いような気もしますが至極真面目です。無風凧の「経営学教育」の一つのバックボーンです。10年経って再読して、やはり面白い著作だ、と感心しています。

所で、読みかえして、大きな矛盾・課題に気が付きました。

1) MBA教育は記述的なある必然があると「規範的に」書いていること。

2) MBA取得者というネットワークの効果に触れていないこと。

さらに。ここがもっと重要なのですが、

3) ミンツバーグもイノベーション教育について一家言ある方です。そして、イノベーションはボトムアップだ(現場思考)、というのが主張だと思っていますが、彼の「マネジメント教育」は「トップダウン型のイノベーション」を起こすことはできますが、ボトムアップ型のイノベーションは、原理的に起こすことができません。それに気が付いているから、2)の記述がなかったのかもしれません、、、、

などなど。

楽しい読書でした。

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「老後2000万円」問題の本当の問題点

先日来、年金不足2000万円問題、がホットになっています(コチラコチラコチラ、など)。

事の経緯は省略しますが、現在問題点としてマスゴミが叩いているのは、

1. 老後に仕事が不要と言ったのはだれか? 

これは、言い換えれば、

2. 年金で老後は安定だと思っている民意と、政治家のギャップ

です。すべてはこのギャップをいろいろな形でネタにしています。しかし、この年金2000万円問題の本質は、、、少なくとも、すべての為政者が間違えないようにしなくてはならないことは。

A. 専門家の資料を自分で精読することなく非難してはならない

麻生大臣は、自分の意見と違うとか、全部読んでいないとか、正式には受け取らない、とか発言していますが、これこそが、「為政者がやってはいけないこと」です。

金融庁のレポート、読んでみてください。そうそうたるメンバーが、何千万円もかけて作っているレポートを、受け取らない、、、言い換えれば、「自分の思い通りの結果でないから受け取らない」というのは、筋が違いすぎます。もし、客観的事実として違う、という点があるのならば、それを指摘しなくては、担当の大臣としては失格でしょう。

すべての国会議員、、、国会議員に限らず、須らく「客観的事実」は尊重しなくてはならないと思いますし、事実に基づいた議論を阻害してはならないと思うのです。もちろん、今回の場合は、金融庁のレポートが客観的事実ではないかもしれませんが、少なくとも「どこが違うのか」を指摘しなくては議論がスタートしません。

これは、、、労働統計問題の時も同じでしたね。自分に都合の良い点だけを報告する、というのは、為政者の特性でしょうか。

老後2000万円の本質的問題は、客観的事実を議論しようとしない議員の体質、にあると言えます。

 

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「脱YES」のススメ

ビジネスの世界で、、、特に20世紀のMBA取得の方々と話をしているときに多いのですが、議論や提案に対して「とりあえず3秒でYes」と答える方がいます。

たとえば、仕事を依頼された場合、「YES、基本進めましょう」と合意したうえで、But,,,とつまり、細かな条件を詰めていく。無風凧は、この「3秒YES」な方々とは、仕事をしたくないな、と思っていますし、相手にどのようなことを思われようと「まずは条件を詰めましょう」と話を続けます。

事例で考えましょう。

あなたはあるソフトを発注します。自分なりに仕様書を書いていますが、それに対する「質疑」がないままに「受注します」というソフト開発会社は多い。こういう場合、いざ開発にはいると、「それは想定していません」「それは書いていません」、、、となんだかんだ言って、結局契約金が吊り上るか、違約金だけ取られておしまい、、、となります。けっして、受注側も「ウソ」を言っているつもりはないのでしょうけど、発注側のあなたとしては「ウソつかれた」と感じることになります。

これは、ゴール共有ができていないのにプロジェクトが走り出すようなものですから、うまくいかないことは自明なのですが、ついついMBAな方々は、最初の「YES」を信じるというか、言わなきゃいけない、というような感覚に陥っている方が多いようで(つまり、Desisionは早く、の具現ですが)、YES と答える方が多い。

だから、無風凧は主張したい。「まずYES」と答える方は、初対面の仕事の相手としては要注意。きちんと「条件」つめてから「YES」がいえる方と仕事をしなくてはいけません。そういう意味で、皆様も、相手の主張にまず「YES」と答えるのではなく、条件をキチンと詰める癖をつけてほしい、、、つまり、「脱YES」を奨めたいと思っています。

20190616 鷽くん:
僕の名前は「うそ」と読むんだけど、「うそつき」じゃないからね。

写真出典 Wiki の 鷽 より
鷽のオスは、首の回りが赤いのだそうです。これは「真っ赤なウソ」ではありません(笑)。

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熱いお風呂、ぬるいお風呂。(郷に入り手は郷を変えろ!?)

面白い記事を発見しました。(こちら 参照)。記事にいわく、

「熱く!いや、ぬるく! 別府温泉の温度めぐり論争沸騰中」

お風呂の温度が何度が適切か?は、議論をしても無駄(?)な代表例だと思います。国によっても、年齢によっても、、、それこそ「好み」の問題です。言ってみれば、「宗教論争と同じ」結果になります。

所で。

この記事の興味深い点は、「顧客からの声(Needs)によって湯温を変える」というところでしょうか。これは、Needs思考の現代マーケティングの視座からは「当然」のように思えるかもしれませんが、、、果たしてそれが正しいのでしょうか?

無風凧が指摘する点は、以下の通り。

1. Needsが、すべて正しく「統計的」に処理されたとすると、湯温はすべての銭湯で等しくなり、多様化がそがれる。

2. その結果、「Minority(この場合は「熱い湯好き」や「超ぬるめ好き」)」が除外されていく。

3. 銭湯毎の「特色」が出しにくい。

4. しかも「Needsは、経営側に直接ではなく行政に届いて」いるため、今後行政指導で湯温が帰られていく可能性がある。

言ってみれば、激辛ラーメンの店に入った客から、「こんな辛いラーメンを出すとはけしからん!」というクレームがついて、激辛ラーメンを出すことができなくなる、、、様なものです。もともと「激辛」店に入店しなければよいだけの話だと思いませんか?同様に、お風呂の温度も「熱いの好きな人」の銭湯と「緩いの好き」な人の銭湯があって、それぞれに顧客がついて、、、が正しい競争社会。経営者の信念で「極熱」にしているとすれば、それに「クレーム」をつけるのは行き過ぎ。そして、それを「受け入れる」経営者も、経営者としては二流のように感じます。

郷に入り手は郷に従え、ということわざがありますが、旅行者の最低限のマナーとして、地元のルールは壊さないようにしてほしいと思います。

 

 

 

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d3984 連続する(経営とリスク)

この記事は、アメブロにアップしたもののコピーです
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海外出張の時も、東北震災の時も毎日更新してきたブログ。今回、cocologのサーバーメンテの為に不可抗力で一日途切れましたが(そこはご都合主義的に「不可抗力だから」ということで連続の扱いとしている)、「毎日更新する」を標榜している以上cocolog一本で運用していたこと自身が、リスク管理が出来ていなかった、、、、と、経営者視点で自分自身反省しています。


Raidの冗長度の話を持ち出すまでもなく、一つのシステムだけだと、それが不調な場合に代替手段やフォローが出来ません。つまり、「一つのシステムに頼っている」、とい状態は、「リスク」を抱えていることになります。


勿論、冗長度をあげる、即ちリスク対策をすることは、コストがかかります。例で考えれば、「2つのシステム(アメブロとココログ)」で毎日アップしておけば、どちらかのシステムが不調でももう片方で対策ができますが、毎日アップする、という手間を始めとしてコストがかかるわけです。


同様に考えれば、インターネット接続環境も同じ。今、無風凧は光接続の状態で書いていますが、代替手段として、ケータイキャリアの回線を始めとして3種類は指が折れます、、、その分、「料金」が掛かるわけです。


勿論、この手のリスク対策は、数を増やしても絶対に「リスク0」にはならないのですから、コストに見合ったリスクを受け入れざるをえなくなるわけですけど。


ちなみに、今回のココログ=Nifty=ノジマ は、リスク対策が少しお粗末だったように思います。開始から36時間が経とうとしている今現在、(3/20 午前11時)、無風凧はまだLoginできませんし、Twitter でも「何とかしてほしい」の嵐です。どういう「リスク対策」を考えていたのでしょうか?純粋に経営現場の「ケーススタディ」として、伺ってみたいと思います。


#注: 経営視点で見れば、ココログは不採算部門なので、これを機会に「切り離す」為の第一段階施策、とも考えられます。だとすれば、ブランド価値と利益のどちらを優先させるか、ネガティブキャンペーンのEvaluationなど、経営のケースすyたでぃとしては更に面白くなります。最も、本当の事を話してくれるとはとても思えませんが。

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d3875 私走。

20181201 チーターさん: 
12月ね。師走?、、、、私走?

写真出典 パブリックドメインQ:著作権フリー画像素材集
颯爽と走っているチーターさんです。何でも分業する昨今の風潮、師も、走るのはチーターさんにまかせて、自分は自分の仕事をしてほしいものです。

今日の昼食前に、たまたま見かけたTVで、路線バスが減便している、その理由は運転手の不足だ、という放送していました。

番組によると、バスの運転手の給料は、全業種の平均より30万程も安異にも関わらず、業務時間はながいのだとか、、、つまり、これは「見えざる手」が正常に機能していないわけです。

端的にいえば、、、、マイカーを減らして、バスの利用数を増やす、ことが一つの解なのですが、それの実現手段が見えていない、ということのようです。

とはいえ。無風凧的には、なんで悩むのか分からないほど、簡単な方法で、改善できるのです。私、走ります! というバスを増やせばよいわけで、、、以下、ご興味のある方は、直接無風凧まで。

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d3840 200年に一度? 50年に一度?

まずは、コチラ(産経新聞) の 記事を お読みください。

(Expireされた時の為に、要諦を記しておきます)
今年の台風21号で関空が浸水しました。その理由が掛かれているのですが、、、、

関西エアの担当者は4メートルの高波について「200年に1度のものだ。50年に1度の想定で護岸を建設していたが、想定外だった」

この記事を読んで、読者の皆様も思われるのではないか、と思うのですが、

「50年に一度の安全性で良いと、誰が決めたのか?」

は大いに問題です。多分このまま聞くと、「50年は安全」と理解する人が多いのではないかと思いますが、明日来るかもしれない、と読み替える必要があります。言い換えれば、地震と同じで、200年に一度、とするとしても、それは、「明日かもしれない」ということ。だから「想定外」ということは、「リスク計算」の基本から判っていないことになります。

50年に一度と200年に一度の違いを有効に使うとしたら、「○○年に一度の災害だとすれば、〇〇円程度の被害額が想定される」から、「〇〇円の保険をかける」という場合です。災害を被ることは予想の上で、その復興に対する「備え」をすること。

まあ、そんな難しいことを言うまでもなく、

「200年に一度の高波が来たら安全ではありません」と最初から言えば、恐らく議会を通ることは無かったでしょうから、工事前のシミュレーション結果の報告自体が「ええかげん」だったということになります。

結局、、、誰も責任を取らない、なすりあい、をして、新たな工事利権が発生して私腹を肥やす人がいて、、、ということになるんでしょうね。

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d3830 水道サービス(吉野家四重苦その3)

吉野家四重苦シリーズも3回目です。以前の「吉野家四重苦」は、コチラコチラ をご参照ください。

このシリーズは「吉野家(外食産業)」を例にしていますが、コモディティ化した商品・サービスに対する汎用の対策です。

今回は、コモディティ化したビジネスとして、「水道」を例に考えてみましょう(ライフラインは全てコモディティ化しているもの、、、もしくは「すべきもの」ですね)。

日本の水道は、そのままでも「飲むことができる」品質を保っています。この水道サービスは「公営」です。つまり、既に「競争」ではなくて、税金と同じような集金体系になっています。

その上で。コンビニなどに行けばペットボトルの水が、水道の1000倍近い値段で売られていますが、それらは「私企業」が「市場競争」しています。何らかの「付加価値」をつけてマネタイズする仕組みが構築されているわけです。勿論、その商品で「利益」が出無くなれば「販売を止める(市場撤退)」という戦略を採ることが前提です。

電気も、長らく同じような状況でした。電気代は「競争が無い」市場でしたからね。それが、電力自由化になり、コモディティ商品で有りながら競争が始まってしまった、、、その上、同様のエネルギー産業(ガス)との競争が始まりました。その意味では、コモディティ商品ではあるものの、脱コモディティ化しています。楽しみです。

さて。外食産業。

税金と同じように、ライフラインと同じように、ベースのビジネスを運用する。その上で、ペットボトルの水のように競争戦略が通用する物だけが水泡のように行われる。。。

このような戦略を基本にして考えてみれば、どのような経営をすればよいか、ご理解いただけると思います。

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