テコンドー協会の問題はどうなったの?

台風19号の被害は、日増しに増えています。被災された総ての方にお悔やみ申し上げます。

前回15号の時の教訓が生きたのでしょうか、交通系のトラブルは少なかったようで、重畳です。

19号の被害が大きく、国民の関心事であることは認めますが、マスゴミやインターネットでの情報も19号関連のものばかり。例えばテコンドー協会の問題、例え15号で倒れた千葉のゴルフネットの問題など、台風殆んど報道見なくなりました。

関心が19号に集まって射ることは納得しますが、ペンの力で世の中を是正していくのもマスゴミの仕事。多様性をもって世の中を伝えて欲しいと希望します。


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Linked in

「ビジネスにおいてネットワークほど大切なものはありません」

Linked in に登録している方は言うに及ばず、これを金科玉条のように信じている人は多いと思います。でも、、、本当でしょうか?皆様!信じてますか?

無風凧の経験や知識において、人的ネットワークが皆無ではそもそも商売が成り立ちません。その意味では、ネットワークは大切です。

でも。ネットワークがあるからこそ失敗することもあるのも事実。例えば派閥争いで負けると言うのは、まさにネットワークに属しているからこそ負けることに成ります。

また、忖度もネットワークの一員だから行うこと。全くの他人に忖度することは、通常の社会慣習を越えて行うことはありません。

それどころか、「空気の研究」ては無いですが、個人は正しい判断をしていても、ネットワークが間違えてしまうということは、よく起きることです。

だから、再度皆様に問います。

ビジネスにおいて、ネットワークはどの程度大切ですか?


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現代のノーベル賞

旭化成の吉野彰博士が、2019年のノーベル化学賞を受賞しました。吉野さん、おめでとうございます。

吉野さんのノーベル賞は、ここ数年毎年話題になっていますが、受賞はないだろうな、、、と無風凧は思っていました。というのも、ブレイクスルーになる技術が沢山あったことを知っていたからです(無風凧も数ヶ月だけ、Li-ion電池関連の研究手伝いしていました)。吉野さんの功績はピカピカの功績ですが、同等にピカピカの発明が、いくつかあったと思います。

そのように考えると、現代の化学において、3人までのノーベル賞、というのは実情に合わないな、、、と思わざるを得ません。

実験物理も同様で、「実は実験装置を作るブレイクスルー」が必要だった場合や、多人数で虱潰しして発見する場合など、発見した人は「幸運」以外の何物でもない、、、ということがあります。まあ、それも運命なんでしょうけど。

こんなことを書いていると、ABC予想の証明論文を発表した望月教授はどうなっているんだろう?と気になって、ググって見ました。発表から8年。小さな修正が必要だったこともあり、まだ査読が終了していないのだそうで、、、つまり、難しすぎて、まだ確認しているのだそうで、、、この業績は、ある意味では、「一人の業績」になるんだろうな、と思います。

無風凧の定理(誰もご存知ないと思いますが、、、)は、コンピュータシミュレーションで見つけた物理の法則。これも、コンピュータが高速になったから発見できた、と考えると、無風凧のContributionよりも、IntelのContributionの方が多いかもしれません。

 

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にわかラグビーファン増殖中!(ビジネスの初歩)

いささか旧聞ですが、、、、ラグビーのワールドカップ予選リーグ。日本がアイルランドに続いてサモアも撃破しました。パチパチ。これは決勝進出も夢じゃない、って感じです(確率的には90%以上進出するでしょうね)。

日本中どこに行ってもラグビーラグビー。プロ野球のセントラルリーグのChampion Seriesや、ドーハでの世界陸上が霞んでいるように感じます。日本中に「にわかラグビーファン」が増殖しているようです。

この状況を見て、、、ビジネス戦略の良いケースだと感じた、というのが今日の記事です。

まず。大前提(意外とビジネス界の人も見落とし勝ち)は、可処分所得と可処分時間には上限(飽和値)があるということ。

聖徳太子のように一度に7人の人の話を聞くことができるというのであっても、可処分時間の上限があります。

このように考えると、俄かラグビーファンが増えるということは、サッカーファン、陸上ファン、野球ファンの時間の一部がラグビーに取られている、ということ。つまり、顧客(ファン)獲得の競争戦略の中では、「ラグビーに負けている」ということ。もちろん、スポーツ全体としてみれば、ほかの趣味に使う時間がスポーツに移ると考えることができれば、サッカー団体人や陸上団体人も喜ぶかもしれませんが、、、

ここまでは、初歩。

TV番組と視聴率の例を考えてみましょう。Aテレビ局が放送することができるスポーツは、同じ時間には一つだけ。その意味では、ファンが一人でも多い方が、番組として採用される確率が上がります。俄かラグビーファンが増えれば、ほかのスポーツは放送されません。たとえば、「実際の可処分時間比率」が、6:4であっても、放送事案比率は、10:0 になるのです、、、こうなってくると、放映権料が収入源であるスポーツの団体は、顔色が青くなるのではないでしょうか? ラグビーファンのにわか増加が、自分たちの収入に打撃を与えます。

このように考えると、新聞や雑誌は、比率を守ることができるでしょうから、各スポーツ団体にとってはそちらの方が具合が良いのかもしれませんが、新聞業界や雑誌業界も少ない原資の「効率的活用」のためには、ラグビーに比重が移るのは仕方がないことです。つまり、資本がラグビーに映るというのは、可処分時間が映るよりも、インパクトが大きい。

さらに。

ビジネスの規模は小さいのですが、グッズ販売にも影響があります。まず、可処分所得のシェア争いに負けるのは、上述のファン獲得例と同じなのですが、生産に関してはもっと深刻です。「にわかファン」は、「この時期のファン」ですから、グッズも「便乗で作りきる・売り切る」のが鉄則。だから、「不足しているグッズの緊急増産、緊急配送」が当たり前。経営者の視点でみれば、従業員を馬車馬のように働かせる。運送業者はトラックを飛ばして、、、ブラックな業界が「よりブラック」になります。そして、緊急増産時の雇用は、この時期を過ぎればなくなる、、、

このように考えれば、想定以上の「にわかファン」の増加は、経済にプラスの影響だけではなく、マイナスの影響もばかにできません。

とか、書いていますが、、、、無風凧も、13日のスコットランド戦には、ぜひ勝ってほしい、と思っているにわかラグビーファンです(爆)。

 

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関電問題で考える(王様の耳はロバの耳システム)

関電幹部への贈収賄が、国会でも主要な項目の一つになりそうです。問題視する気持ちもわかりますが、、、これ以上にもっと大切な議案があるのでしょ?と、無風凧は言いたいのですが、、、

さて。とは言え、関電問題も、現代社会における大問題を孕んでいると思うので、今日は関電問題をネタに「罪」と「悪」の境界について考えてみます。そして、現代社会での「解決法」まで論じてみます。

ここで、罪と言っているのは、、、「法律違反を含む人に迷惑をかける行為、反社会的行為の全て」を指しています。そして、「悪」は、「自分の意思で罪に相当する行為を行うこと」。

簡単な例が関電問題。この贈収賄事件では、マスゴミ報道によれば、贈賄側の暴力的圧力に負けて収賄をした、と言っています。つまり、贈賄側は意志があるので「悪」。収賄側は、緊急避難的な意味も含めて「罪」、と言えば良いでしょうか。

関電問題で関電幹部の収賄は、本当に「仕方なく」だったのでしょうか? これには、大きく疑問があります。と言うのは、「危機的状況を脱しても」報告や警察等への訴えを行なっていません。その意味では、「報告しない意志」があったと思われますから、「悪」です。

実際は、、、その後の報復が怖い、という心理が働くのも無理からぬこと。その意味では、「報告できない意志」言い募ることもできるでしょう。実際、社内通報をして幸せになった人は皆無だ、という話も聞きますから。

つまり。収賄側に「報告等の意志があったか否か」は、どの時点でも「証明はできない」のです。

その意味で。無風凧は提案します。「王様の耳はロバの耳システム」の設置を。

色々な外圧によって、自分が「罪」を冒さざるを得ない状況になった場合に、「それが罪であることをその時点で証明するためのアーカイブ」。このアーカイブは、守秘性はいうまでもなく、「根本問題を是正するための方策」の執行方法など、非常に難しい問題がありますが、少なくとも、何もないよりはよい。もちろん、、、収賄したとしたら、その金品は、ここにプールすることになります。

ボクシング協会、テコンドー協会などのスポーツ系をはじめとして、「自分の意思ではないけど罪を冒してしまわざるを得ない」状況になる人の助け舟が必要な時期。それを「王様の耳はロバの耳システム」が解決してくれます。

ちょっと雑な文章ですが、、、御高配ください。

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子供は泣くのが仕事、と言うけれど、、、

出張で乗った飛行機での話。往復ともに、同じ赤ちゃん(一歳くらい?)連れの夫婦と同便になりました。

往復ともに、泣く、なく、泣く。

子供は泣くのが仕事だ、と言う方がいらっしゃりますし、元気な赤ん坊を見ることは無風凧も嫌いではありません。と言うか好きですが。

飛行機に乗っている間、ずっと泣き続ける、、、親はほとんど放置。つまり「しつけ」をしようともしない。

ある程度「社会に迷惑をかけないようにする(少なくとも努力する)」のは、親の仕事だと思うのですが、それをしなくて良い、と言うのがいまの風潮でしょうか? それは、「無責任」と言えるような気がします。

親の行動も大きな問題だと思いましたが、アテンダント(昔ならスチュワーデスと呼んでいた)の行動も、無風凧には理解ができません。

「周りの乗客」に迷惑がかからないように、該当親子と対応を考える、、、のは、今はしないのでしょうか? アテンダントがとった対応は、クレームをつけたお客様に、「お茶のお代わりを勧める」などの、対応。「お茶を一杯、他のお客様より多く出すから、赤ちゃんが泣くのは不問にしてください」とでも言わんがばかりです。この対応、、、マニュアルでしょうか? だとしたら、お客様を随分とバカにした対応だと思います。

昨今。

子供は伸び伸び育てよう、、、と言う風潮です。でも、それは、「周りに迷惑をかけて良い」と言うことではありません。社会の一員として生活できる様に、しつける。それも、親とそして社会の責任だと主張します。

 

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消費税増税

今日から、消費税が10%になります。たった2%?されど2%です。増税前の駆け込み購入も随分あったようで、俄か景気に喜んでいる方もいらっしゃるのではないでしょうか?

さて。消費税は、「国民に広く平等に」課税されているように思われるかもしれませんが、、、、ここでまたぞろ、「平等ってなに?」という話が湧いて出てきます。極端な例で言えば。

月収10万8000円で、消費が月に10万円(税前)買い物していた人は、今月から10万円の買い物ができなくなります。言いかえれば、生活のレベルを下げなくてはなりません。でも、月収100万円の人にとっては、あまり(貯蓄にでも回すのでしょうか?)が2000円少なくなっただけで、10万円の買い物ができます。生活のレベルを落とす必要はありません。

つまり、消費税増税は、「平等な課税ではない」と言えます。

国政、言いかえれば、政治の行うべき「最も大きな経済活動」の一つは、富の再分配。その視点にたてば、消費税増税は、「真っ向から否定」されるべき政策です。

上記は紙の上の空論、という方もいらっしゃるかもしれませんが、「本筋」を見誤った政策は、看過できません。時代は変わっています。ICTを応用した平等な課税を導入するべき時期に来ているのではないでしょうか?

# 同様の議論は、罰金刑でも言えます。資産1億円の人に100万円の罰金は、罰金の意味を持っていない。いわゆる「はした金」ですから。

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体罰に対する考え方の変遷

A:(略)、、、親父にも打たれたことないのに!

B:それが甘ったれなんだ!!殴られもせずに一人前になった奴がどこにいるものか!!

今だったら「BはAを殴ったんだな、許せない!」なんてことになるでしょう、、、でも、40年前のアニメでは、「名シーン」の台詞なんです。

Aはアムロ レイ。Bは ブライト ノア。 そう、機動戦士ガンダムの最初のシリーズです。ブライト艦長がアムロを打ったシーンです。

打たれたアムロは発奮し、この後ニュータイプとして覚醒し大活躍をすることになります。その意味では、打たれたことはアムロにとって成長の切っ掛けでした。多分、老後のアムロにインタビューすると、打ったブライトさんに感謝こそすれ、文句をいうことはないでしょう。そしてそれ医女に、40年前は、世論としても、この「教育的に打った」ことに一定以上の理解と賛同がありました。

今、もし「ガンダム」が上映されたら、、、どうでしょうか? ブライトさんは非難されるかもしれません。それ以上に、暴力的シーンを含んでいるということで、放送禁止になるかもしれませんね。、、、言い換えれば、この名シーンは、令和になった「今」だったら産まれていないでしょう。

このように、体罰に関する考え方・世論は、時代によって変わって行きます。もしかしたら、今から40年後の教育現場では、体罰は当然、と考えられるようになっているかもしれませんね。

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Wikipediaのビジネスモデルと将来

今や、百科事典として誰でもが使っている「Wikipedia」。何か調べるときに、Google検索して、Wikiで概要を掴むと言う方が多いのではないでしょうか?

最近、Wikiを使うときに、「300円寄付を、、、」と言う広告が流れます。文言通り受け取れば、人件費を含むWikiの維持費が掛かるので、皆様の寄付をお願いします、と言うことです。

一般のUserが「支払い」をしなくても、ビジネスとして成立している事業は沢山あります。簡単なところでは、日本の地上波TV。番組制作費は、基本的には「CMを流す企業」が支払っています。Googleも、いわゆる検索連動型広告、と言うビジネスモデルです。

ボランティアベースの起業で成功しそうなものも沢山ありますね。本当の意味で成立しているのか、、、無風凧にとっては、懐疑的なものが沢山あります。発起の個人は純粋に奉仕活動であっても、組織化し、時間的費用的制約が大きくなり、その上世間からの期待が大きくなってしまい、にっちもさっちも、、、と言うことは、結局ボランティアベースでは「全員が幸せにはならない=失敗」だと思うからです。

本稿で取り上げているwikiもその一例ではないでしょうか?サーバー管理費や、人件費、リスク対策など考えると、費用の面で行き詰まるのが見えてきます。広告ビジネスモデルを採用するのでしょうか?篤志家の寄付に頼るのは、運営が安定しません。巨大資本がテコ入れすると、中立性が保たれない。

wikiの今後から目が離せません。

注:無風凧の記憶では、Wikipediaを運営しているウィキメディアは、数年前までは超か付く健全経営、優良財団です。なので、最近寄付を募っているのは何故か、、、不思議でもあります。財務状況が急変したとも思えないのです。

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千葉のゴルフ練習場、東電の原発裁判 に共通するもの、、、Natural Status 思考

(1)3.11の原発事故に対する東電幹部の刑事裁判結果(一審)が出ました。無罪でした(コチラ 参照)。

(2)ゴルフ練習場の鉄柱が台風15号で倒れて民家に被害が及んだ件、ゴルフ練習場の経営者は当初の発言を翻し、「自然災害だから補償はしない」と主張しています(こちら 参照)。

例は枚挙にいとまがありませんが、この二つに共通するものは、何でしょうか?おそらく、昨年の関空への橋にぶつかった船舶の事件も、同じようなストーリーをたどると思うのですが、、、、

それは、自然災害と、国の法律です。

国が決めた基準を守っていれば、責任は無い。未曽有の大災害は、予想できなのだから責任は無い。ある意味では正しい。3.11の津波は、地方に伝わる伝承を忘れていた、という人災はあると思うのですが、堤防の高さが十分かどうか、などというのは100%の予想はできないのはいうまでもありません。自然はかくも強いものなのです。

では、ここで無風凧は問いたいのです。「原発がなければ」「鉄柱がなければ」どうだったのでしょうか? おそらく(というよりは絶対に)放射能汚染は起きなかったでしょうし、鉄柱が倒れて家が壊されることはなかった。その意味では、「何らかの原因」を作っているのです。

その「何らかの責任」は、、、、自然災害の前には問われないもだ、と言われると、違和感を覚える方は多いのでは無いかと思います。無風凧も違和感を覚えます。法律が「ここまで対策をしておけば無罪放免」と決めていることにも、非常に大きな「違和感」を覚えます、、、その基準がもっと厳しかったら、被害が起きなかったかもしれないのですから。

無風凧は、こういう時に、「Natural Status 思考」します。その場に、人がいなければ、どういう状態だったか。人の「何からの営み」によって「自然の状態( Natraul Status)」と異なっている場合は、少なくとも責任は「0ではありません」。そのように考えると、上述の(1)(2)はともに、「なんらか」の責任を取る必要があります。加えて、「法律を作った為政者」も、責任を取る必要があります。

総じて。災害に対する法律は、為政者や経営者側の視点で、不利にならないように作られています。というのは、為政者が法律を作るから。もっと言えば、如何に責任を取らないようにするか、が法律なのです。

このように考えると。民意を反映するために、Natural Status 思考で、あらためて法律を見直す時期に来ている、と思っています。

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