美談かもしれませんが。

わざわざ目くじら立てるほどのことではないのかもしれません。また、著者の意図と違う視座からの意見であることは、承知の上で、やはり、この記事を週刊誌に載せるのは、いかがなものか、、、と思ったので、遅ればせながら記事にします。

出典は こちら。 ヴァイオリニスト黒沼ゆり子さんが、美智子上皇妃のエピソードとして、週刊女性PRIMEに寄稿したものです。

記事は、

「美智子妃がピアノを弾く際に使う楽譜は、コピー(複写)のものである。これは国民からの税金の無駄使いをしない、倹約の意思表示である。」

というもの。税金の無駄遣いをしない、倹約をする、ことは良いことだと思いますが、、、楽譜のコピーは、如何なものでしょうか?

著作権のある楽曲の楽譜であれば、もちろん「著作権法違反」をしていることになりますし、よしんば、作曲者の著作権が切れているものであったも、その楽譜を出版している会社にとっては、収入を得る機会を削られている、、、ことになります。例えば、ベートーベンの交響曲9番「合唱」は、すでにベートーベンの死後300年近く経っていますから、著作権は切れていますが、今でも楽譜は「商品」として売られています。合唱団で一冊だけ買って、それを人数分コピーして本番で使う、、、、というのは、ある意味では「企業の収入源を奪ってる」ことになります。

上記の記事を読むと、拡大解釈して「倹約するために美智子妃はコピー楽譜を使っている」と読めるわけです。であれば、合唱団で「団の活動費用を倹約するためにコピーする」ことを助長することになりますまいか。

そのような視座に立てば、黒沼女史の意図とは違った内容に読めるわけで、美談かもしれないエピソードですが、週刊誌に載せることは、避けるべきだった、と無風凧は考えます。

<追伸>
黒沼ゆり子さんの「引退演奏会」、、、と呼ばれているものを、数年前に聴きに行った記憶があります。確か、紀尾井ホールだったと思います。でも、その後も活発に演奏活動をされているようですね。

 

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涼を求めて

今年は冷夏か?という話もありましたが、今日8月1日は、猛暑。いや、酷暑と言っても良いでしょう。皆様、熱中症には十分お気を付け下さい。

今年は、USB扇風機や、送風機能の付いている衣服が随分見られるようになりました。テクノロジーの進歩?と言えるのかもしれませんが、無風凧流に分析して見たいと思います。

まず。

USB扇風機ですが、皆様のマナーがまだまだだなあ、、、と感じます。扇子や団扇は自分に向けて効率良く風が当たるように工夫して仰ぎますよね。USB扇風機の場合も、自分が快適になるように持っているのだと思いますが、スマホの電源を使っていたりすると、必ずしも本人にだけ風が当たるのではなく、周りに漏れて(?)しまいます。これ、結構迷惑だと思いませんか?特に、、、汗臭さだけが、運ばれているような時があります。最悪です。

きっと、USB扇風機使用のマナーに付いて、色々論じられるようになるのだと思いますが、今ははっきり言って「迷惑」だと思うことが多いです。

そもそも。

ヒートアイランド現象、は、現代の「都市化」「工業化」がもたらしたようなものです。だから、そこに輪をかけて「電力消費」するような対応策は、いかがなものでしょう?熱中症対策として、エアコンを使うと、使っている方には快適になるのですが、「地球全体の温度」は、確実に上昇しています。つまり、「自分が良ければ他人はどうでも良い」という「エゴ」のようにも思えるのです。

加えると。

熱い時は、涼を求めて休む。涼しくなってから作業する。例えば、たったこれだけの簡単な行動ができない、というのが、現代人のように思います。熱い中で、如何に涼を求めるか、その求め方が下手になったなあ、、、と思うのです。

暖の取り方、涼の求め方は工夫次第。皆様も、色々な工夫して、賢い「熱中症対策」しませんか?

 

 

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ルールを、階層化する。

しばらくの間、文字だけの記事が続きます、、、写真を楽しみにされてる方には、申し訳ありません。

さてここからが今日の本題。

大船渡高校の佐々木投手が、岩手大会の決勝で投げなかった件、各方面で大きく取りざたされていますね。(こちら など参照)

連投で高校生が肩を壊す可能性があるから、過密スケジュールでは投げさせない、というのも一つの教育ならば、目標に向かってがむしゃらに突っ込んでいくことも、一つの教育。どちらの言い分も、無風凧としては、合点が行きます。これは、考え方の問題だと思いますから、一種の宗教論争です。

少し広く考えて。部活の「過密禁止」ルールも同じように考えることができますが、こちらは、ガイドライン(ルール)が存在するので、少し意味が変わってきます。

練習しなくては勝ち抜けない、、、でも、練習しすぎはルールで禁止されている、、、、だから、闇部活ルールができてくる。

結局、ルールの抜け道を探すことで、実態が変わらないことになります。

ルールは目的があって存在するもの。その「目的」を受け入れられない場合でも、ルールの抜け道を探すことで、正当化される、というのが闇部活問題です。

なので。全てのルールには、「目的逸脱項目」というのを受けてはいかがでしょうか?もう少しわかりやすく書けば、ルールの階層化、です。

体を壊すような行為は禁止する。を最上位のルールとして、時間などはそれより下位の階層に位置するルールです。

詳細はまた改めて、となるのですが、法律も、同じように、階層化していく必要があるな、と感じている今日この頃です。

 

 

 

 

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絶対真の命題は作ることができるのか?

「津久井やまゆり園」の事件から早くも3年が過ぎました。来年の1月から、やっと公判が始まるそうです。

以下は「やまゆり園事件のインタビュー記事」を用いた論理学の話です。

津久井やまゆり園事件の植松被告へのインタビューを、JIJI通信が記事にしました(コチラ 参照)。

記事によると、植松被告は「意思疎通の取れない方を安楽死させるのは間違いでない」という思想を持っています。これに対して、神奈川県福祉子どもみらい局の川名勝義参事監は「被告のような差別的な思想、考えは決して認められない」と主張しています。

この二つの思想・主張を「アウフヘーベン」することは可能でしょうか?

この問い掛けの真意は、「絶対真の命題をつくることができるのか」です。言い換えれば、「地球上のすべての人が『イエス』と言える命題をっ作ることができるのか」です。

決して植松被告の意見を正しいと言っているわけではありませんが、日本でもかつては「子捨て(子供の間引き)」が行われていましたし、伝承としては「姥捨て山」が行われていたことになっています。つまり、社会弱者は、見捨てられていた時代があるのです。この時代に、もし、重度障害者で、意思疎通が取れない人が真っ先に見捨てられることは想像に難くありません。

このように考えると、時代によっては「意思疎通の取れない方を安楽死させる」ことが「差別思想では無い」時代もあるように結論できます

しかし、今回の参院選で「れいわ新撰組」から二人の重度障害者が当選したように、「現在は」多数派のように思います。

さらに。次のように考えることができます。

絶対真の命題Aがあると仮定します。Aの否定を真にすることはできません。

ここで、Aとして日本国憲法19条の「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。」を取り上げるとすると、Aの否定は真にはなりえません。Aの否定を「差別的な思想、考えは決して認められない」とすれば、川名参事監の言葉は憲法違反、ということになり、あれれ、、、?となります。

似たような話は、「コーランか剣か」という究極の選択もありました。

「絶対真の命題の存在」について、サンデル先生の白熱教室、で取り扱ってほしい、と思っています。

以上は、「論理学」の話です。植松被告の主張を、無風凧は「真」だと思っていませんので、その点を突っ込まないでくださいね。

 

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仕事終わって寝てくれニャ~、、、(選挙立ち会い人も寝てる!?)

20190721 ねこさん:
無風凧さん、お疲れ様、、、引っ越しが終わったら ゆっくり寝てもいいから、今は仕事仕事!!

写真出典 パブリックドメインQ: 著作権フリー画像素材集
猫さんは、気持ちよさそうに寝ています、、、うらやましい。

所で今日は参院選の投票日。
国民の義務として、無風凧も投票に行きました、、、そこでも、「寝ている人」がいました。それは、「選挙立ち会い人」の方。3人いらっしゃるので、一人くらい寝ててもよいのでしょうか。。。ぐっすり寝ている、という感じ。無風凧がちょっと見ていると、隣の立会人の方も起こそうともしない。これで選挙立ち会い人、ってよいのでしょうかね?

もっとも。
証拠写真を撮ってないので、ほかの選挙管理人に方が口裏を合わせ「寝てなかった」と言えば「寝ていたことは永遠に不問」に付されるでしょうね。こんな世の中、何か間違えていると思いますが、、、

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これも公私混同。

組織のトップの友人、というのは、組織のセカンド(二番手。簡単に言えば、社長がトップだとしたときの副社長)よりも影響が大きいということがあります。これって、、、ある意味ではトップの人の公私混同、ですね。

そして。

その友人が、トップの方の直接の友人ではなくて、友人の子供や兄弟であっても、セカンドよりもDecisionに強く影響する、ということもあります。。。ここまで来ると、確信犯的に公私混同だと思います。

先日聞いた、あり得ない話。

登場人物:
A: とある組織のトップ。
B: 芸術家で、Aとは異なる組織のトップ。Aの友人で、すでに故人。
C: Bの子供。Bの組織のトップではないし、もちろん芸術家ではないが、芸術家然としている。

Aが、とある案件の決裁をする際に、たまたまCが近くにいて、相談して、そのまま決まってしまった、、、という話。

芸術の内容なら、AがBに相談することはあったでしょう。芸術の内容ではない。まして、Cは、、、単に昔から知っている友人の子供である以外の何物でもない。しかし、AがCに相談して、決裁、、、組織論的に言えば、「確実に公私混同」。無風凧の友人は、その決裁の結果「損する」立場だったので、かなり立腹しているようでした。

無風凧は、次のようにコンサルしました。

「そんな、公私混同するようなトップのいる組織は長続きしないから、今回外れることができてラッキーだったね」。

 

 

 

 

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暑くなってきたなあ、、、(付: NGT48の新ルールにおける公私の区別)

20190703 ダックス君:
暑くなってきたなあ、、、

写真出典 写真素材足成 撮影 Mika Kojima 様
暑さが嫌いな無風凧。今日は本当に暑くて、、、無風凧はホットドッグになりそうでした(爆)。

さて。先日は、ヨシモトの芸人さんの闇営業をケースに「公私の区別」を論じましたが(コチラ 参照)、またまた面白い公私の区別問題のケースが飛び込んできました。NGT48の新ルール発表です(コチラ 参照)。

新ルールの第3項が、「つながり防止対策」となっており、この中に、「私的領域」という言葉が使われています。この「私的領域」が、何処にも定義されていないのです。この「私的領域」は、「AKSの管理時間以外全部」ということなんでしょうか?それとも、メンバーが「私的領域」と思えば私的領域なのでしょうか?

また。

Aさんは、私的領域と思っていても、Bさんはまだ「公的領域」と思っているかもしれません。それをどうするのでしょうか?

この手の定義を、どこまで細かく明確化しても、定義しきれない領域が出てきます。結局、山口さんでおきた事件は、本質的には解決できていないことになります。

ここでは、例は一つしか挙げませんが、ほかにもいくつも同様の指摘ができます、、、結果として、新ルールは、陰湿化するだけの物であろうと無風凧は判断しています。

日本には、「有名税」という言葉があります。それは、多くの人に知られると、いろいろな不具合が生じること、を示しています。アイドルになる=有名になる か、アイドルになることをあきらめるか。これが最終的な施策だと考えています。

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キレる老人

最近、「キレる老人」という言葉を時々聞きます。「社会正義を振り回し、協調性のない老人」を指す言葉だそうです。

そして、世論的には「協調性がない困ったちゃん」「社会的には問題児」という扱いのようです。

ネット上で見かけた事例では、「店先の飛び出し問題」等があげられます。八百屋の看板だか商品だかが歩道に10cm飛び出しているのを問題視して、何度もクレームをつけた、というようなものです。

10cmくらい、良いではないか、と思われるあなた。11cmだったら、どうですか?12cmだったら?50cmだったらどうですか?

世の中のルールは、公共の利益のために定められたもの。上記の例だと、救急対応のためかもしれませんし、過去に何かの事故があったために定められたのかもしれない。昔の事情を知っている老人が、今しか知らない人々に伝えることは、ある意味では責務です。それを、問題児扱いするのは、、、無風凧には理解できません。

ルールを守ってこその人間社会です。ルールを守らない方が声が大きくなっている現代に、無風凧は警鐘を鳴らします。

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転売禁止(京都ヨドバシの対応)

先日。東京オリンピックのチケット転売問題をとありあげましたが(コチラ 参照)、一般の転売に関して、京都のヨドバシカメラが面白い対応をして、「神対応」と呼ばれています(コチラ 参照)。記事によれば、

「転売防止のため日本人にしか売らないと明言し列整頓開始!(中略)見分け方は商品名が言えるか」

とのこと。つまり、商品名も言えない人は、転売目的とみなして、その商品を売らない、ということです。一つの対応方法かもしれませんね。もっとも、「商品の名前も知らずに転売というビジネスをする」こと自身、事前準備が足りないだけという気もしますが、一つの方法としては、効果があるかもしれません。

でも。

アダムスミス以降、経済額の根本は、

価格は欲しいと思った人と売りたいと思った人の合意した金額で取引される

です。これを崩してしまうと、、、、自由主義経済が崩壊してしまいます、もっと言えば、自由主義経済の根本を揺るがす大問題です。日本人以外のほとんどの国の人には、理解してもらうことは難しいでしょうね。

無風凧は、考えるのです。

一つには、最初の時点で、価格が安すぎる。というか、一物一価の法則がすでに崩壊しているだけです。

これを是正するには、Context Baseの価格決定手法の開発が必要になってきます。これができない限りにおいては、転売禁止、というのはお題目に過ぎないでしょうね。

繰り返しになりますが、、、、無風凧の手法ならこのチケットに限らず「転売問題」は解決できます。

このアイデア、お安くしておきますよ。どなたか買いませんか?

 

 

 

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闇営業と「公私の区別」

お笑い芸人「カラテカ・入江慎也」氏の仲介した、「闇営業」問題が、なかなか収束しませんね。(コチラ など参照)

ここでは、「闇営業問題」を「反社会的勢力との契約問題」と「所属事務所(ヨシモト)を通さずに契約した問題の」の二つ分けて、後者について考えていきます。というのも、升添元都知事以降、公私の線引きについていろいろ考えてきているから、です。

ケース:
無風凧は、かつて、ある企業に勤めていた時に、専門書を翻訳して出版したことがあります。当時の業務とは全く関係なく、しかも、業務時間外ですべての作業を行いました。そして、翻訳者の略歴のところに、その企業の名前が載りました。。。。その企業の人事を交えて始末書問題に発展しました。

まず。

皆様は、上述のケースで、出版は「公」だったと思いますか?それとも「私」だったと思いますか?

無風凧は、完全に「私」で動いているつもりでした、、、が、企業にとっては「企業の名前が載る」時点で「公=企業の決済が必要」だということでした。

次に。

上述のケースと闇営業問題と、何処が違うでしょう?無風凧にはあまり明確な違いが判りません。

無風凧は。

「公私の区別」と言ったときに、「組織側」の主張が強くなる(組織側が「公だと言えば公になること」「私だと言えば私になること」)が多いということです。あまり良い例ではないかもしれませんが、安倍首相の奥様の発言も、組織(自民党)が「私」と言ってしまえば、私になってしまう。。。

公私の線引きは難しい問題です。ただ、個人としての私たちは、「組織の主張が強くなる」ことを理解したうえで、行動する必要があると言えます。

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