d3892 イクラ? (付: 大学定員)

20181218 このイクラ、イクラ?

写真出典 フリー素材屋Hoshino
特に意味はないのですが、このハマチはハウマッチ?なんてのもあります。え?鰆には触らないで?今日は泥鰌をどうじょ。

さて。

医学部の不正入試事件で、新たな問題が起きています。各大学が追加合格を出すために、今年の正規入試の「定員が減る」という問題です(コチラ 参照)。

不正入試で「不合格」になった学生も被害者ですが、今年の受験生も被害者です。なぜこのような問題が生じるのか、というと、簡単に言えば各大学には、「総定員」があり、総定員を大幅に超えると補助金を貰えないことをはじめとして、教室が足りなくなる、教員が足りなくなる、、、などの問題が生じるからです。つまり、総定員は絶対。昨年までの不正の方を合格させることは、今年の定員分から「減らす」事を意味しています。

更には。

来年は「総定員ギリギリ」まで学生数が増えることになるでしょう、、、、とすれば、教員一人当たりの学生数が増えれば、その学生に掛ける時間は減ることになります。つまり、学生全員が被害者になります。。。

更に、更には。

そのような「質の下がった医師」に診療してもらう患者は、、、被害者ですね。

さて、このような問題はどのようにして解決していけばよいのでしょうか?そう、このブログを読んでいる方には簡単ですね。「入学定員制」ではなく、「卒業定員制」にすればよいわけです。なぜこんな簡単な事が実現できないのでしょうね?理解に苦しみます。

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[3759日目] 東京医大の加点問題

文科省役人子息の裏口入学に端を発した東京医科大学の入試操作問題。新たな展開を呈してきました。それは、入試における女性減点、浪人生減点、、、などなど(例えばコチラ 参照)。

不正は良くない事、だと思います。だから、ここから先は、「違う星の入試システム」の話だと思って読んでください。

問題1:
その星Aでは、医者が100人必要です。男性は一人平均30年。女性は一人平均10年、医師として働きます。医者を一人養成するのに必要な費用は、1000万円だとします。では、男性と女性の医師の比率は、養成費用の問題だけを考えるとしたら、何人づつが最適でしょうか?
答:
全部男性。

問題2:
その星Bでは、医者が100人必要です。男性は一人平均30年。女性は一人平均10年、医師として働きます。男性は医大の卒業確率が50%、女性は100%医者になるとします。簡単のために、卒業できてもできなくても、一人頭の費用は、1000万円だとします。では、男性と女性の医大入学の比率は、養成費用の問題だけを考えるとしたら、何人づつが最適でしょうか?
答:
全部男性。

経済効率から考えれば、星Aも星Bでも、医師は100%男性である、、、ということになります。この結果は、平均就業年限を30年と10年という極端にしたことによるものですが、これを変更すれば、いくつかのパタンが出てきます。

このように考えると、「医師養成機関」としての医大は、卒業した「医師の能力」=「世の中のNeeds」によって、入学者の男女比率を変えざるを得ないことが判ります。

決して、不正を是とせよ、と言っているのではありません。でも、世の中のNeedsに従った「医師養成機関」としての医大の立場も、まったく理解できないものではないな、と思います。

この話は、一般的な企業でも起き得ます。入社して10年目。それまでは、新人研修にはじまりある意味「お客様」だった従業員が、やっと「戦力」になる、、、その時に、結婚・出産・子育てで長期離職。。。すべてが経済効率だけで決まるわけではありませんが、企業経営者としては、泣きたくなる気持ちもわかります。勿論、その分沢山従業員を確保しておけばよいのですが、それには費用が掛かりますし、費用を調達するために商品の値上げをすれば、お客様は買わなくなり、、、、結局破産してしまえば、元も子もありません。

何が正しいのか、今一度よく、考えてみたいと思います。

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[3727日目] パワー全開!(付:東京医科大学裏口入学事件)

20180706 けんたくん:
無風凧さん、朝のトレーニング、もっとハードにしたらどうだい?

写真出典 自前のα350
この元気良い しばわんこ は、けんたくん、と言います。秋田犬ではないか、と思うほど、立派な体格で、肩の辺りの筋肉は「むきむき」です! きっと、ボディービルに通っているのでしょう。。。

さて。文部科学省の佐野太容疑者が逮捕されました。容疑は受託収賄罪。息子を「裏口入学」させたという疑いです。(コチラ など参照)。

不正をすることは、「悪い事」です。これに関しては、一点の揺るぎもありません。でも、「不正を無くす」手段を考えることは必要です。裏口入学に関しては、とても簡単に不正を無くすことができます。しかも、大学の「レベルアップ」にもつながります。

それは、入学定員制から、卒業定員制に移行する事。要は、全員入学させてしまって、定期試験の度に、一定数落第させていく、という方法。(基本的な考え方は コチラ や、 コチラ もご覧ください。)

全員入学させるのだから、「裏口入学」ということが無くなります。

そうすると、定期試験や卒業試験で「不正が起こる」ということになることを心配する方がいるかもしれませんが、、、、そこは、次の手段。

成績の完全公開をします。試験の点数やレポート点など、全て公開。個人情報だからやめてほしい。。。という声も聞こえてきそうですが、もともと大学などというところは競争社会。単位認定過程を見せることも一つの手段です。結果、「あいつより俺がなぜ低い?」「私の方ができるのに、、、」ということで、あからさまな不正を行えないように序列の自浄作用が働きます。

卒業定員は決まっていますから、合否線上の一点を争う事態となり、学生たちの「勉学」に対する姿勢も向上します。

如何でしょうか?裏口入学の無い世の中を目指して、「卒業定員制」に移行してみたくなりませんか?

# 実際は、当落線上に少し幅を持たせる必要はあると思います。というのは、レポートや記述式の試験の場合、採点官の「採点ユレ」があるから。

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[3718日目] 高校も変わらなくてはならない!?

九州の高校バスケットボール大会で、コンゴ人留学生選手が審判を殴打する、という事件が起きました(コチラ 参照)。

勿論、暴力はいけません。暴力はいけない事ですが、、、第二次世界大戦前に、日本が開戦するようになった経緯のように、後々の歴史研究からやむに已まれぬ開戦だった、と言われています。窮鼠猫を噛むと言いますが、完全に追い詰めてしまうと反発がありますから、少しは逃げ道を用意しておくのも戦略です。盗人にも五分の魂、という言い方がこの暴力事件に適してないとは思いますが、コンゴ人選手にも、言い分はあるでしょう。

この事件。マスゴミ報道をまとめてみると、「やむに已まれぬ」があるように思います。

反則判定が、厳しかった、、、これは、コンゴでは反則でなくても日本では反則取られることがあったのかもしれませんし、身体が大きいから倒れずにすんで相手にぶつかったように見えることも有ったのかもしれません。

しかし、それ以上に問題は、、、スポーツ留学、という制度のような気がします。日本でも、高校野球の国内留学が問題視されたことがありましたが、スポーツは高校の広告塔としての価値を持っています。それを追及することは、高校の本分をから外れていくことのように思うのです。。。その意味では、大学のみでなく、高校も変わらなくてはならないのではないでしょうか?

最後に、教育基本法から、高校に相当する41条42条を抜粋します。

学校教育法第41条

 高等学校は,中学校における教育の基礎の上に,心身の発達に応じて,高等普通教育及び専門教育を施すことを目的とする。

同法第42条

 高等学校における教育については,前条の目的を実現するために,左の各号に掲げる目標の達成に努めなければならない。

一 中学校における教育の成果をさらに発展拡充させて,国家及び社会の有為な形成者として必要な資質を養うこと。

二 社会において果さなければならない使命の自覚に基き,個性に応じて将来の進路を決定させ,一般的な教養を高め,専門的な技能に習熱させること。

三 社会について,広く深い理解と健全な批判力を養い,個性の確立に努めること。

 高等学校の教育課程は,この目的の実現と目標の達成とを目ざし,中学校教育の基礎の上に,この段階における完成教育を施すという立場を基本とするものてある。

 このため,高等学校の教育課程は,進んだ程度の一般教養をすべての生徒に共通に得させるようにするとともに,課程の別により,さまざまな変化と弾力性をもつようにして,生徒の個性や進路に応じ,それぞれに分化した学習をさせるように配慮して,編成され展開されなければならない。

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早稲田の政経入試で数学必須

昨日(コチラ 参照)に続いて、大学入試ネタをもう一つ。

早稲田大学の政経学部入試で、2020年度入試から数学が必須になるとのことです(コチラ 参照)。

早稲田の政経、と言えばかつては(今でも?)私大最難関の一つ。そして、科目数がすくなくて、特に数学受験が必須で無い事が特徴でした。とは言え理科系の文転の際は、英語と数学だけで受験出来て重宝でしたので、「経済勉強するのに数学受験無しでも良いの?と思っていました。

経済学部で数学の受験が無い、、、無風凧はかつて、某有名私立大学の経済学部の教壇に立った際、Σ 記号を書いて、「先生、それなんですか?」と言われたことがあります。その大学の経済学部は、数学無しで受験できるのでした。Σは、、、エクセルの関数でいえば SUM(A,B)で表すことが出来るものですが、、、、総和 という意味。だから、

 Σ (従業員の給料)

と書けば、企業における従業員の給料総額、を表すわけですが、この意味が通じない。これなどはまだ、言葉で言い換えればよいのですが、

100万円を年利3%で10年預けたら、10年後は幾らになっているか?

という問題すら、筆算で解くことが出来ないという悲惨な状況。ググって、福利計算のサイト見付けて100、3、10と入れれば、できるかもしれませんが、、、

早稲田大学でも、きっと同じようなことが起きていて学内で問題視されたのではないでしょうか。2020年入試から、数学が必修になります。

無風凧が理科系出身だから、というわけではありませんが、基本的な数学は、大学の一般教養だと断言します。そんな意味で、早稲田の政経は、ちょっとだけ「変わろうとしている」と感じました。

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入試問題・解答例の公開

ほんの数か月前ですが、京大・阪大での入試問題不備が取り沙汰されました(コチラ など参照)。この課題に答えを出す形で、文科省が「入試問題と解答例の原則公表」という新ルールを発表しました(コチラ 参照)。

今春の京大・阪大のような事件を減らすためには、必要な施策だと思い、まずは喝采です。では、この「原則公開」で、世の中どのようになっていくか、、、ちょっと「思考」してみましょう。

1. 責任者不在、もしくは責任者の形骸化が進む。言い換えれば、公開した際に指摘があれば「形式的謝罪をしたうえで全員正解にする」という安易な方法で逃げることが可能になるので、実質の責任が軽くなる。

2. 取るに足らないミスのつつきあい、が横行することにより、「入試問題のチャレンジ」が減り、手垢のついた問題の繰り返しが続く。

3. 上記1,2からの当然の帰結として、現在でも既に行われてることではありますが、入試問題の外注、が行われるようになる。大手予備校が大学の入試問題を作成するという、時代になるかも知れない(これが可笑しい理由は言わずもがな)。

4. 英語や国語の問題などで、公開する際の著作権問題を騒ぐ輩が出てきて、結果として読解力問題などが扱いにくくなる。

5. 問題ミスだけではなく、採点ミス・採点不平等に関しても同様の議論が盛り上がる。特に、小論文や英作文の点数などは指摘が相次ぐのではないか、と思われる。その結果として、もしかすると「解答用紙の受験者への返却」がルール化されるかもしれない。

6.入試だけではなく、定期試験などでも同様の議論・指摘がなされるようになるかもしれない。特に、留年生や単位を落とした学生などが騒ぐ。

、、、などなど。まだまだありますが、紙幅の都合でこのあたりで止めておきます。

これらの思考は、決して今回の新ルールを非難する物ではありません。より良い制度にしていくために、早めに対策を練っておいてほしいな、と思う事項です。

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大学の本分(大学になぜ体育会系部活があるのか?)

しつこく日大アメフト事件ネタを扱います、、、(^.^;;)

大学の本分・目的とは何でしょうか?教育基本法から抜粋します。

大学は、学術の中心として、高い教養と専門的能力を培うとともに、深く真理を探究して新たな知見を創造し、これらの成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与するものとする。(教育基本法第7条:平成18年12月22日法律第120号)

大学の本分は、「学術の中心として」です。スポーツ、とくに部活をすることは大学の本分ではありません。

文武両道、という言葉もありますし、一芸に秀でた者は多芸に通ず、とも言いますから、スポーツをすることを一概に否定するものではありません。しかし、部活を優先して学術を疎かにしている昨今の体育会系部活は、本末転倒しているのではないでしょうか?

なぜ体育会系部活がもてはやされるのか。

大学側にとってみれば、良い広告になりますし、学生にしてみればスポーツ就職という就職活動になります。

体育会系部活は、「学術の中心」であることとは全く別次元の存在です。

このように考えれば、大学は変わらねばならないことは明らかでしょう。「体育会系部活からの脱却」。これは、今の大学にとって、特に日大にとって最重要課題です。


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Doctor Xで考える「大学とは」

大学教育、、、随分とレベルが下がっていることは、恐らく衆目一致するところではないでしょうか?一昔前に、分数の足し算が出来ない経済学部生が居る、という話が有名になりましたが、もっとひどい話も聞こえてきます。もっとも、例えば芸術系の大学で分数の足し算が必要か、、、と言われると、無風凧も「YES」とは言い難いのですが、、、

さて。第6シリーズが始まった DoctorX。主演の米倉涼子さん頑張ってますね。今回は、このドラマをネタに大学2面姓を考えてみましょう。

医大、というと、皆様「偏差値の高い大学」というイメージが強いと思います。確かに、予備校の発表している偏差値は軒並み高いです。

その大学に入って、医者になる。医師の国家試験に合格して、医師免許を取る、までは「基本的には暗記とトレーニングの繰り返し」です。ここの部分だけを取り出して言えば(少し極論ではありますが)、「専門学校となんら違いはありません」。米倉涼子扮する天才外科医「大門未知子」は、天才的な手技をもっている臨床医で、その手技は、才能にもめぐまれているのでしょうけど「トレーニングの賜物」です。

つまり、、、我々が「病院の医師」にもとめるものは、「臨床医」。これは言ってみれば専門学校の領域と極論できます。

反面、大学には「研究」という領域があります。これは、よく言われていることですが、「未知の現象へのチャレンジ」ですね。治療方法がない病気に対して治療方法を考える。原因不明の病気に対する原因を探求する。これら「研究領域」は、臨床的な処理能力よりも、発想の転換、閃き、そして探求心、、、などが求められます。言ってみれば、「研究所」なわけです。

このように考えれば、今の医学部の教育も「2種類」が混在していて、片方は専門学校、片方は研究所的になります。(勿論、臨床報告のように、実際に治療に用いた結果、ということが研究になりますが、これはレアなケース)。

実際は、医学部に限らず、法学部も理学部もほぼ同様。MBAだって同じようなものです。つまり、実務者を育てることと研究者を育てる、という二つの目的が大学に混在している。そして、ほとんどの学生が「実務者=専門学校でもOKな場合が多い」というカラクリになっているのです。

以上のように、大学は、実務者教育と研究者教育を分けていかなくてはならないと思っている、という主張で今日は筆を止めたいと思います。G型大学、L型大学の分類よりも、はるかに理に適っていると思います。

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私立大学の定員割れ(5)

4日続けて、私立大学の定員はどうあるべきか、を考えてみました。でも、色々考えてみましたが、、、毎回、無風凧の頭の中では、大学が多すぎる(=定員が多すぎる)のではないか、ということに落ち着きます。

もともと、必要な量をこえているのであれば、定員割れ が起きて当たり前。今はその時期なのだろうと結論します。そして、定員割れした大学では、「大学存続の為に(入学金や授業料を収入するために)」入学生を増やして、更にレベルを下げて定員割れの要因を作る、、、というネガティブスパイラル(負の連鎖反応)を起こしています。つまり、現代日本の大学は 定員割れが起きる構造 なのです。

ならば。この構造を変える必要があります。その一つは、大学を減らすこと。一昔前、田中眞規子文科相が、認可取り消し(差し戻し?)で物議を醸しましたが、方法論はともかく、方向としては間違えていなかった、と考えます。

なぜ大学が増えたのか、、、もちろん、ある時期までは社会の要請で増えていたに違いありません。教育基本法の理念に従っていた。しかし、ある時期から、違う力学が働いて、要請以上の大学が増えてしまった。この「違う力学」についても、思うところはありますが、それはまた、シリーズを変えて書きたいと思います。

最後に、カテゴリータイトルである「大学は変わらなくてはならないのか」。今回の結論は、大学の数が減らなくてはいけない、という意味で、「変わらなくてはなりません」。

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私立大学の定員割れ(4)

3. 学校の施設や指導力による積み上げ

意外と忘れられやすいのですが、、、大学生を教育する「教員」の能力的な限界というのが存在します。

たとえば。卒業論文を指導する(卒論が卒業の必要単位とします)、なんてことを考えると、一人の教授で面倒を見ることができる上限はおのずと決まってきます。

大学設置基準(コチラ 参照)を参照すると、理工系の場合、14人の専任教員がいる場合、400人が上限のようです。つまり、学年あたり100人が、定員。100÷14≒ 7. 卒論の指導を7人しなくてはならないことを考えると、経験的には「超ブラック企業」のような気がしますが(笑)、決して不可能な数ではないような気がします。(実際は、講義を担当する 非常勤講師 が多数存在していて、その方々のおかげで常勤の教授たちがなんとかこなしているのでしょう、、、)。

また、一人の専任教授の「時間的制約」も積み上げの要素の一つですね。講義や演習もしなくてはならないから、その時間が見込まれなくてはなりません。

加えて。大学は、教育だけを行うわけではありません。「深く真理を探究して新たな知見を創造」する必要があります。つまり。教育をする時間ではなくて、研究をする時間。そのための時間も、教授一人一人に必要になるでしょうから、実際は、それらを考え併せて、積み上げの定員数 を決めることができます。

無風凧的には。 理工系の場合は、一人の専任教員が指導することができる上限値は学年あたり3人。文科系で5人程度だと思っています。文科省の設置基準はその2倍以上ですから、非常勤教員たちが頑張る!というのが、、、今の日本の大学事情であることは頷けます。

ただし。この考えは、大学定員を考える際に必要ではありますが、私立大学の「定員割れ」の原因ではないようですね。

# 一般教養の教員については、別途考える必要がありますが、今回は割愛とさせてください。

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