高大接続・年内合格・リメディアル教育

昨今、色々な形の「推薦入試」による大学合格があります。入試も多様化、ということですね。ある意味では、大学側の経営事情による「青田刈」の側面もあるように思います。

その一つの結果が、早期の大学合格。早ければ、高校3年の2学期には進学先が決まっています。

進学が決まって、「やる気が増す」学生もいるでしょうが、安心して遊び惚ける学生も多い。

この「遊び惚ける学生」は、、、、下手をすると、受験組に対して約半年間、高校での学習時間が短くなります。もっと言えば、受験組が「本気で追い込みをかける」時期に、何もしない、、、ということになります。当然、学力は上昇しません。

推薦入試で合格するためには、高校でも「優秀」な成績であったことはおそらく間違いない事でしょう。しかし、半年間の勉強時間の差は大きい。小学校から高校まで12年間の修学時間があるとしたら、その最後の5%を欠いてるわけですから、学力差は出ます。

この「青田刈」の責任を、高校側は大学に押し付けようとする。大学側が引き受けるとなると、、、経営事情による「リメディアル教育」が必要になります。本来、高校で習得すべき内容を、大学教員が教える、、、まあ、大学教員は、高校の先生のように「教員免許」を持っているわけではないですから、高校生への教え方では、劣る部分もあるのであないでしょうか。

また、高校側も、卒業を厳しくするなどの方策で、「遊び惚けることが無い」ようにすることが、推薦者としての務めだとおもうのです。

このように考えると。

年内入試、年内推薦合格、という制度は日本の国力を下げている一つの要因のように思えてなりません。

「推薦入試はペーパーテストの後」とするだけで、ずい分変わると考えます。なぜそうしないのか、無風凧には理解できない。不思議です。

| | コメント (0)

代表の決め方(ランキングについて考える)

非常に難しい問題だと思いますが。

 例えば オリンピックの代表選手を決める時、「 過去の実績」で決めるか「 選考会の順位」で決めるか。 安定した力という意味で 実績を考えることもできるし、 現時点での最高のパフォーマンスを選ぶか。 言ってみれば、 オリンピックでメダルを取れるか否かの確率の問題。

司法試験。 これは、 試験一発です(と言っても 口頭試問 もありますが)。 過去の蓄積 なんかどうでも良い。 平均的な力も不要。 今の実力はどれだけあるか 、だけで合否が決まります。

これを、大学入試の問題に置き換えてみましょう。 昨今、 推薦入試( いろいろな呼び方がありますが、 ここでは 推薦入試に統一します) が流行しています。 推薦を受けるためには、高校での平均評定が問題になるらしい(笑)。 今の実力よりも、ある意味で安定した力という意味では 推薦入試に頼る手もあるでしょう。

しかし。 高校生活の前半は部活に邁進し、 3年で引退してから勉強に追い込みをかける。 このような学生は、今の実力だけで言えば、 推薦を受ける子よりも高い。しかし 推薦は受けられない。

 今は、 卒業式 シーズン。総代(卒業生代表)ってどのように決めるのかな と思ったことありませんか? 留年をしてもGPAが高い学生と、 GPA は少し足りないけれども 留年しなかった 学生、 どちらを総代にするのがふさわしいのか。

トドのつまり、 ランキングの軸をどのように作るか、という問題にすぎないのですが、 皆さんが納得するのはどの方法でしょうか。 

| | コメント (0)

ナチュラルリスクの極致、、、そろそろ発想の転換を。

入学試験と合格発表の時期。

毎年、何件かは「採点ミス」「データ処理のミス」が起きます。

今年も、たとえば 富山大学で「欠席者に合格通知」という事故が起きました(コチラ 参照)。

この手の事故が起きる度に、学校側は「再発防止に全力を尽くす」旨の謝罪と見解を発表します。しかし、無くならない。

これは決して対策を蔑ろにしているからでない、ともいえます(実際、口だけ謝罪の学校もあると思いますが)。

この手のミスをなくす最善の方法は、受験者に一度「答案用紙と採点結果」をFeedbackし、それに対するクレームを受け付けること。勿論、配点のルブリックなども公表する必要はあるでしょう。手間が増える? 実際は、受験生からのクレームを生成AIに噛ませて差分を判定すれば殆ど手間いらず。その上で、採点ミスも「出欠ミスも」無くしたうえで、合格者を決定する。

たったこれだけで、人為的ミスの99%は削減するでしょう。勿論、100%とは言いません。NR(ナチュラルリスク、究極の残存リスク)は必ず残ります。しかし、毎年繰り返される誤採点・誤不合格は、激減する。

生成AIも、ずい分かしこくなってきました。その意味でも、「間違える率」は、人間よりも下がってきた。

その技術的な背景も考慮して、そろそろ「発想の転換」する時期ではないかと思います。チェックを多重化しても、これ以上は改善できないのですから。

| | コメント (0)

学習指導要領

先日の話(紙か電子か(コチラ 参照))の続き。

高校以下の学習指導要領の大改正は10年に一度。次は2030年です。これをみて、

「え?これだけ世の中の進歩が速いのに、10年前の指導要領で大丈夫なの?」と思った方は、きっと無風凧と気が合います。

生成AI一つとっても、この3年で激変。2030年を生き抜く力は、2020年にはまだ影も形もなかったものを使いこなす必要があるわけです。

義務教育は、読み・書き・ソロバン、という日本古来の考え方でいえば、これは普遍の真理だと思います。逆に言えば、ここまでは「三つ子の魂」の時代に、学校教育のみならず家庭教育でも構築する必要がある。

その上で、中等教育(中学・高校)では、それらを使って何が出来るか、社会人になっていくための「基礎より一歩前」を勉強する。無風凧の解釈でいえば、頭の引き出しを構築して、沢山の物を整理できるようにする。

その後にそれらをどのように使うか、、、が高等教育(大学)。

初等教育の読み・書き・ソロバンは、時代が変わっても個人の資質として必要な物でしょう。中等教育の「頭の引き出し」は、人に依っては既にスマホなどの「外部装置」に任せてしまっている場合も多い。

このような時代に、10年に一度の改正、では世界に比肩できなくなるのも必定という物でしょう。

大学でも同じで、要求される基礎的なリテラシーが、日々変わっていきます。去年のシラバスは今年はもう使えない、という時代がきています(勿論、科目に依ります!)

猫の目の改善策は、実は最悪だとは思います。なんせ、日本全体を以後課すための「慣性力」を考慮しなくてはなりませんから。でも、10年は、、、いくら何でも長すぎるのではないでしょうか?

いっその事、教員任せにしてしまうっていうのはどうでしょう?なんて考えている無風凧です。

| | コメント (0)

数学オリンピックと東大推薦入試

国際数学オリンピック(IMO)で活躍した学生が、東大の推薦入試で不合格だった、という記事がバズっています。(コチラ など参照)。

不合格になった学生は、さぞ不満なことだと思います、、、というのも、高校3年間、つねに世界ランク入りしていましたからね。恐らくですが、同年代の高校生の中で彼以上の「実績」を残している数学系の高校生は皆無と思います。悔しいでしょうね。

ランキング理論で分析してみましょう

ここで、実績に「」を付けました。実績って何?という話がそもそもです。これには、2つの問題があります。

① 明示的に「●●●●での実績」と書いていない限り、どの実績を選ぶかは、選定者の恣意による。

② 実績同志の比較基準が存在しない=恣意的に決められる

ということです。つまり、面接官や志望動機審査官の匙加減(ちょっと煽ってる感ありますね)。

東北大学が、国際卓越大学に選定され、2030年から入試撤廃、すべて推薦型にする、と発表していますが、これも結果として同根です。

昔から、「東大の理科3類」に合格しても「鹿屋体育大学」には合格できない、などという話が有名ですが、これも同じですね。

教員としての無風凧の実感としては。

推薦入試の中からは「突飛な」学生が出てくる可能性がありますが崩れる学生も多い。「平均」でみるなら、受験組の方が総合力をもってると感じています。成績という意味ではなく、「地頭」という意味で、です。件の学生のこれからの「ふんばり」に期待したいところです。

| | コメント (0)

大学はAIにむしばまれている?

とある大学で30人に2000字のレポートを書いてもらいました。

なんと、60%が「ほぼ同様」のレポート。昔、無風凧が学生の頃は、レポートの手書きでコピーして出すということがありましが、そのレベルではありません。

学生に訊いてみると、

「課題条件をChatGPTにそのまま投げて、出てきたものに、少し手を加えた」

らしい。だから、口頭で補足したレポート条件は守ら得ていない(課題を書いたスライドの通り)。

そんな中で、4通、オリジナルな意見をかいている、と無風凧が思うレポートがありました。生成AIで確認して、「AIを活用しているが独自の視点が入っている」と評価されたものですし、よしんばAIに書かせたとしても、このレベルのレポートを「書かせるプロんプトを作る能力」は相当高いな、と感じます。

其の4本(13%)に満足して、今回の期末レポートは受理することにしようかな。

それにしても、前期に比べて生成AI依存が酷くなっているようです。学力の空洞化が進行しているのでしょう。大学教員としては寂しい限りです。

| | コメント (0)

昨日の続き。(入学前教育2)

入学前教育で思い出すのは、無風凧にとっては高校入学前の学習。(大学でないので、少し事情は違いますが)。

よく覚えているのは数学なんですが(無風凧は数学大好き)、高校生向けの参考書(青チャート)を1冊渡されて、全部やってくること、以上。

一か月で全部目を通すだけでも大変だった。英語も、似たような感じだった、、、理科・社会は課題がなかったように思います。

高校入学に向けて燃えている時だったから、1か月、ずい分頑張った記憶があります。受験勉強より厳しかったな、と今は思いますが、入試のような「切迫感」はなく、ワクワク感でチャレンジしたことを思いだします。とはいえ、最初に実力考査は惨敗だった(涙)。

こういう入学前教育なら、つまり、先取りの学習なら「やる気のある生徒」にはすごく効果的ではないかと思います。

翻って今の大学は、手厚いサポートをしすぎ、なのかもしれません(昨日の記事参照)。

試験を行うよ、とだけ言って、テキストを渡す。落ちこぼれる学生はそれまで、と腹をくくれば、それが一番良いのではないかなあ、、、暴論ですか?

| | コメント (0)

入学前教育

最近の大学は、所謂「入試(一斉に行うペーパーテスト)」ではなく、総合選抜を始めとする、昔でいうなら「推薦入試、AO入試」による入学者選定が増えています。

ペーパーテストは、一発勝負の為、その日の体調などによる「ブレ」がありますが、総合選抜等は、何度かの面接をおこなったり、高校の内申点などを重視する為、「ブレ」が少なくなると言われています。

年内に進学先が決まる為、大学も学生も高校教諭も「安心」することは間違いありません。

反面、合格決定後の学生の「学修」に大きな課題が残ります。ペーパーテスト組に比べて、約半年早く入学が決まります。高校3年間で見れば、6分の1です。端的に言えば、学修時間が6分の1、すくないことになる生徒(入学生)が多い。

たった6分の1、と思われるかもしれませんが、この差は意外意外と大きいし、なんといてっもペーパーテスト組は「追い込み」を経験しますから、ある意味では「学修の仕方」をおぼえますが、大半の総合選抜組はその「学修の仕方」をおぼえずに入学します。

結果として、大学入学時の学力差にバラツキが大きくなると共に、経験的には学力が「下がる傾向」にあると無風凧は感じています。

この差、、、を入学前教育と称して、大学側から課題を課していることが多い。でも、それも何となく、変だなあ、、、。

学生にしてみれば、大学からの課題と高校の課題の両方をすることになるし、何といっても「先生が二人居る(大学と高校)」状態になり、どちらのいうことをきけば良いの?みたいな状態になります。

そんなことをつらつら考えていて。

やはり、大学は希望学生全入制度(初年度~2年度はオンライン重用)、そして、科目ごとの「合格点」を厳しくとり、学内淘汰を旨とする。そして、転学(学校間流動性)をあげて、専門性をより深めるようにする、、、、このようにするのが良いのではないか、と思うのです。

結果、大学の序列化(ランキング)は、進むでしょう。しかし、そこは大学毎に「特色を出す」部分でもあります。その特色を生かすことが出来なければ、18歳人口が減っていく今後、大学として生き残れないことも必定ですから、丁度良いのではないでしょうか?

ある意味暴論とは思いますが、ちょっと私論を述べてみました。

| | コメント (0)

大学の講義の長さ

無風凧が大学生の頃。

1コマ(1校時)は90分でした。最近は105分の学校も増えていますね。

授業数も、当時は講義13週で、その後が試験期間でしたが、今は16週目が試験になるところが多いようです。105分の学校は広義13週+テスト。

これは、文科省からの指導で「90分×15回の時間をを守るように」とのお達しがあったからです。

今回、この制度にたいして面白い記事を発見しました(コチラ 参照)。東京外大の例ですが、15週の代りに「90分×13回と2回分のアクティブラーニング(自主学習)」という制度にしていたという話。それを、評価機構からしてきされて、15週に変える、というものです。

履修主義ではなく修得主義をとっている無風凧にしてみれば、13週にするか15週にするか、よりも「修得内容の多寡」を問題にしてほしいと思うのですが、官僚は「時間」が大切なんでしょうね、、、、大学がどんどん履修主義(出席優先)に革って言っています。

ところで。講義って、なぜ90分だかご存知ですか?もともと、大学の講義は2時間=120分だったんです。この120分は、教授が部屋を出て自分の部屋に戻ってくるまで、ということで、片道15分かかるとして(随分広いっキャンパスですね)90分になったのだとか。

今の学生は120分はおろか90分でも集中が続かない学生が多いようなので、昔はよい学生が多かったのかな、なんて思ったりもしますが。

人の集中は20分しか続かない、という学説を読んだこともあるので、90分の集中がもとないのは当たり前かもしれません。無風凧は、、、が付いたら一晩、ということもあるので何とも言えませんけどね。

ちなみに、一単位は自学学修もいれて45時間程度となっています(学校教育法)。だとすれなば、自学の時間を延ばして、「修得主義」にすればよいのではないかなあ、、、と思うのは無風凧だけでしょうか?

| | コメント (0)

ここまでやるの?(勉強時間申告・ランキングシステム)

ちょっと驚きのニュースを発見しました(コチラ 参照)。

記事によると、

・ある学校では、定期試験の勉強時間を申告するシステムがある。

・学生は勉強時間を申告する。

・学生には勉強時間の順位が表示される

とのこと。

この記事だけだと、高校なのか大学なのか、はたまた中学なのかはわかりませんが、ここまでやるの?という驚きで一杯です。

ランキング理論的に言えば、「正しいランキングの使い方」ではあります。つまり、上を目指す人にとっては、ランキングと言う第三者評価は一つの目標になるので、結果として正の効果を生みます。その意味で正しい方法、だと言えます。

しかし。

勉強時間を申告させ、そこで管理を行う、というのはどうも無風凧には理解できません。数学が苦手な人は、定期試験の前に数学に時間を割くでしょうし、その分国語の時間は減るでしょう。それを、一律の「時間」という尺度で測るということに、どのような意味があると言えるのでしょう?

また、それを「学校側が管理する」という仕組みは、社会人的には、「サービス残業で査定する」ことを想起させます。

大学の場合、一単位は45時間の学修と言うこと教育基本法で定められています。半期2単位科目の場合、毎週4時間半の勉強をすることが前提です。教員は、その前提に従って課題を出します。学生の能力や興味によって早く終わる人もいれば、それ以上にかかる人もいるでしょう。でも、その勉強時間を管理することに、意味があるとは思えません。

学生によっては、予復習をこえた学修をする場合もあります。それらの「内容の違い」を考慮せずに、時間だけ申告させる、、、あたかもタイムカードみたい。

という訳で。

家庭での試験勉強時間を申告させるシステムに驚きを隠せない無風凧でした。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧