次の戴冠行進曲はだれが作る?

英国のエリザベス二世女王が崩御されました。70年7か月という長きにわたる女王、お疲れさまでした。ご冥福をお祈りします。

エリザベス2世の前の英国王、だれだか即答できる方はいらっしゃりますか? そう、映画「英国王のスピーチ」で取り上げられたジョージ6世です。ジョージ6世は、第二次世界大戦時代ですが、映画を見て親近感がありますので(失礼!)、更に身近に感じます。

映画でしかジョージ6世のことを存じ上げませんが、その長女がエリザベス二世ということを考えると、あらためて「血は争えない」と思います。二代続けて、素晴らしいKing(Queen)でした。

新国王のチャールズ三世。70になっての戴冠は、英国史上最高齢ではないでしょうか?もしかすると、世界でも最高齢かもしれません(大統領ならもっと上を行く方がいますけど)。

さて。ジョージ6世、エリザベス2世の戴冠の際の行進曲は、Sir Wiliam Waltonが作曲しました。ジョージ6世のCrown Imprial, そしてエリザベス二世のOrb and Sceptre は、いずれも名曲中の名曲。無風凧の大好きな曲で、吹奏楽編曲版なら多分両方とも演奏したことがあります。Crown Imperial のTrioは、最も好きなTrioです。(蛇足:Army of the NileのTrioで、Cornetのカウンター・メロディーも捨てがたい)。

ということで、無風凧の興味は新名曲の誕生が楽しみだ、という方に移っていきます。作曲者Waltonは1983年に帰天していますから、今度はどなたが作るのでしょう? 今から楽しみです。

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大きな音(好きな音楽2022年8月)

今月は、とある演奏家と話した内容を少し膨らませて。

演奏家にとって、大きな音を出す、ことは持って生まれた才能、だと無風凧は考えています。もちろん、繰り返しの練習で、だれでもあるレベルまでは大きくなりますが、それを超えて大きな音、届く音、を出すのは「才能」です。

だから、大きなホールで万人を魅了することができる演奏家は、それだけの「才能」があるわけです。

「小さないけれどキレイな音に味がある」ということもあるでしょう。それは否定しません。でも、「物理的には小さな音だけどはっきり届く音」で演奏しなければ、聴衆に音楽は届きません。その意味で、演奏家は大きな音を出せなくてはなりません。

音の大きさ、自身は物理的には振幅の絶対値(の二乗)ですが、届く音というのは、それだけではない。例えば、倍音の比率、位相がそろっているか、立ち上がりがシャープであるとか、いろいろな要素が絡んでの「大きさ」。だからこそ「才能」と言い換えることができるのでしょう。

でも。それを超えてやはり「物理的に大きな音」は才能として必要な気がします。

音楽的な意味での「大きな音ってなんだろう?」。改めて考えています。

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好きな音楽2022年7月

先日、新たにクラシックファンになった、という方と少しお話をすることがありました。クラシックの楽しさに目覚めたばかりで、何を聴いてもうれしい、楽しい、という時期だとのこと。特にバイオリンが好きで、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲が一番とおっしゃってました。そして、

無風凧さんは、何がおススメですか?

と訊かれて、数曲答えました。と、いうことで、、、今日は、その時に紹介した、初心者にお勧めの曲ベスト5.

1) J.シベリウス: フィンランディア

やはり、初心者向け、ということであれば、ここから入るのが王道でしょう。記憶に残る演奏はラハティで聴いた生演奏です。

2) J.シベリウス: バイオリンとピアノのためのロマンスOp.78-2

これは、チェロで演奏されることもありますが、やはりヴァイオリンでしょう。無風凧はEuphoniumで演奏会にのせたことがあります。

3) J.シベリウス: バイオリン協奏曲

ブラームス、ベートーベン、メンデルスゾーン、チャイコフスキーを「4大バイオリン協奏曲」とまとめることがありますが、これは、「シベリウスはその上を行く別格」という解釈だと思っています爆。

4) A.ペルト: Spiegel im Spiegel

まだ生きている作曲家ですから、「現代作曲家」というべきでしょうが、広い意味でクラシックファンの一分野としての現代作曲家。ペルトを聴いて、「クラシック」の枠を広げてほしいな、と思います。原曲はピアノとヴァイオリンですが、チェロほかいろいろな楽器で演奏されていますね。

5)C.フランク: バイオリンソナタ

バイオリンが好き、ということでバイオリンソナタの最高傑作を紹介しました。 

番外:上記を書いていて、なぜか聴きたくなった、、、佐藤聡明氏の「HIKARI」(トランペットとピアノのための)。Youtube上は コチラ しか見つかりませんでした。

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Lezginka(好きな音楽2022年6月)

久しぶりに、この名演を聞きました。

1991年6月7日、モスクワ放送交響楽団(指揮フェドセーエフ)の来日公演で、アンコール演奏されたハチャトゥリアン「レズギンカ」(コチラ 参照)。この演奏は語り継ぐべき名演の一つでしょう。アンコールですから、演奏の甲乙より勢い重視な演奏だとは思うのですが、奇跡の勢い。息をするのも忘れるほどの演奏です。この日の演奏を聴いた人は幸せです。

ついでなので、Lesginkaをまとめて聞きました。

フェドセーエフの演奏を聴いた後に、ハチャトリアン指揮のモスクワ放送交響楽団の演奏を聴くと(1962年)、、、ハチャトリアンの演奏は「バレエ(踊り)」であることを忘れていない演奏。フェドに比べると、物足りなさを感じます。

この後に、シモノフ指揮モスクワフィルハーモニーの演奏を聴くと、、、感想を書くのは控えさせていただきます笑。

今回、Lezginkaの演奏を10個ほど聞きましたが、予想以上にというか、驚きの名演はもう一つあって、1980年、吹奏楽コンクール全国大会の大阪市立城陽中学校(コチラ 参照)。大人顔負け、とはこのことでしょう。

そうそう。1991年のモスクワ放送響のトランペット1番は、V.プーチン氏に似ているように見えるのは私だけでしょうか(1分40秒あたりをが分かり易い)。ご確認下さい。

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ブラック部活問題

ブラック部活問題。吹奏楽の名門市立柏高校の吹奏楽部で、自殺者が出たことにより最近ホットな問題になっています。吹奏楽大好き人間の無風会にとっても、これは由々しき問題です。

野球やサッカーなど体育会系のクラブも、練習練習でグラフ化していくことは容易に想像できますが、吹奏楽は、もしかしたらそれ以上かもしれません。というのも。体育会系の場合、チームプレーと言っても、野球は9人サッカーは11人もっと多くてアメフトで15人でしょうか。それに対して、吹奏楽の場合、コンクール常連校だと50人55人というような人数になります。同調圧力も、そのぶん強くなるでしょう。

このように考えると、文化系ではありながら吹奏楽部はブラック部活化することになります。(本当は、合唱部やオーケストラ部なども同じ構造を持っているのですが、あまり問題になったことはないように思います。)

スポーツの場合、相手に勝つこと、が一つの目的になります。そして、勝ち負けの判断基準はとてもシンプルに分かります。それに対して、吹奏楽の場合はどうでしょうか。コンクールがあることにより、何らかの形での勝ち負けが決まります。だから相手に勝つため、の練習が必要になってきます。スポーツの場合は、スーパープレイヤーが一人いることで勝ち抜く可能性がありますが、音楽の場合は、全員のレベルが求められます。こう考えてくると、吹奏楽部の方がスポーツ系よりもよりブラックな感じがしてきます。

無風凧は、吹奏楽コンクールは嫌いではありません。適度な練習の範囲において、目標を設定することができる、言い換えれば自分のスキルアップの指標にすることができるから。しかし、過度なコンクール参加は問題があると感じます。特に、名門校という名前を付けられてしまうと、自分たちの目標ではなく周りの期待による目標設定になってしまうでしょうから。

このブラック部活問題、もう少し深く考えてみたいと思っています。

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好きな音楽、、、(;。;)

最近。

音声入力を用いることが多くなりました。勢い、音楽を聴くことが少なくなります。そう、文字を書く時間=音声入力の時間=音楽を聴かない時間。

なので、5月一か月間で、何を聴いたのだろう? と記憶を思い起こしても、仕事の合間にYouTubeのBGMを聴いた以外、自分から「この曲を聴こう」ということが全くなかった、、、

音楽が好きなのに、音楽を聴いていない、という2022年5月でした。この傾向、しばらく続きそう(;。;)。

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歌謡曲考(好きな音楽2022年4月)

Youtube上。

「〇〇年代人向け歌謡曲集」のようなコンテンツは山ほどあります。著作権はどうなっているのかなあ、、、と心配になりますが、JASRAC通じての包括契約の中に入っているのでしょう。ということで無駄な心配は横に置いて。

結構、〇〇年代というのを聴き比べると、差があることが分かります。そして、音楽的な差、よりも、無風凧の「記憶」の違いが大きい。はっきり言って、2000年代以降の歌謡曲(J-POP)は、耳にしたことはあるけどアーチスト名もわからないものが多い。それまでの物は大体わかり、、、というと、無風凧の歳がばれてしまいますが、この違いは顕著。

△△年代が良い、とかいう区切りはありませんが、やはりなつかしさ、が違います。歌はよにつれ、世は歌につれ、ですね。この場合にでてくるのはクラシックではない、というのは、ちょっと面白いです。

追記:
勿論、あの曲を聴くと高校時代を思い出す、というクラシックも沢山あります。というか、無風凧にとっては、それぞれの曲はほぼどこかの時代に紐づいています。でも、それは、無風凧の個人史に関わる問題で、世情とはほぼ無関係、です。

木挽歌=15歳、TimeSequence=17歳、威風堂々1番=17歳、フランクのバイオリンソナタ=〇〇歳、新世界交響曲=12歳、、、てな感じです。

 

 

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おとなしい月(好きな音楽2022年3月)

おとなしい。大人しい。音無しい。

この3月も、BGMでYoutubeを流す以外は、ほとんど音楽と接していない月でした。これ、と言って聴きたい曲もない、、、更年期障害でしょうか。

理由を考えてみると。

Youtubeが便利すぎるからかもしれません。

朝、一度セットすると、(時々、Pauseになることはありますが)ほぼ一日中BGMを流してくれます。次々と曲が流れる。自分で探す必要が無い。

昔、CDを買っていたころは、「どんな曲かな?」「こんな曲が聞きたいな」と思いながら、作曲者や題名から想像して、そしてジャケットの説明など読んでわくわくしたものですが、今はそのようなわくわくが無い。気が付いたら、無風凧好みの音楽が一日中流れている。

ある意味では、音楽的な欲求が満たされているが故の「不満」になっているのかもしれません。

ということで。

今年はC.フランクの生誕200年。ヴァイオリンソナタを筆頭に、無風凧の好きな作曲家です。久しぶりに、フランクの曲を研究してみようかな、、、

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キエフの大門(好きな音楽2022年2月)

ウクライナの首都キエフ。キエフと言えばキエフの大門。そして「展覧会の絵」。

今月ほど展覧会の絵を聴いた月はないかな、、、と思っています。ピアノ版、ラベル版、ウッド版、ストコフスキー版、ギャルド版、PJBE版、冨田勲版、などなど。昔は、冨田版は愛聴していたのだけど、今聴くとあまり面白くない、、、

今回、ヘンリー ウッド卿の編曲したVersionがあることを始めて知り、Youtubeで聞いてみました。チャンバラ劇みたいな感じがする、というと失礼かもしれませんが、随分メリハリがあって、楽しい。ラベル版の前身、というように感じます。PJBEは、ウッド版を随分参考にしたのではないかな、、、という感じがします。

さて。ここからが本題。

M.ムソルグスキーが作曲した「展覧会の絵」は、1874年に開催されたハルトマンの遺作展の中から選んだ絵画からのインスピレーションで作曲されたと言われています。実際、どの画を用いたのか、の同定を試みたNHK番組を視聴したことがありますが、ハルトマンもムソルグスキーもロシア国民楽派というか、民族に根差した芸術を志した芸術家。ムソルグスキーは、ロシア五人組、などと言われているほど、ロシア的なモチーフにこだわっています。

そのムソルグスキーが、やはりロシア・ラブなハルトマンの絵画展を見て作曲した組曲、その最後が、「キエフの大門」です。

ここで気になるのが、なぜ、しめくくり、つまり組曲の最後にキエフの大門を持ってきたのでしょうか?

ロシア、当時はペテルスブルクが首都でしたから、ペテルスブルクを題材にした絵を用いる、というのが無風凧的には自然な気がします。また、今回初めて知ったのですが、ロシアは、ウクライナを属国化する為に1863年にウクライナ語禁止法(ヴァルーエフ指令)」、そして1873年には出版などを禁止するエムス法が定められています。この事実だけを考えれば、キエフのポジションは随分下がっているように見えます。つまり、最終曲にするだけのポテンシャルがキエフには無い。

更に。ウクライナの民族音楽と言えば、コサック(ちょっと短絡ですが)。ムソルグスキーは、コサック音楽を使っていない。キエフをイメージする際に、コサック音楽ではない、ということは、キエフを表す音楽としては何をイメージしたのだろう?「キエフの大門」の音楽がなにかキエフの民族音楽に根差しているものであれば、、、と思うのですが、浅学にして見つからない。

このように考えていくと、何のためにキエフの大門を最後の曲にしたのか、なぞは深まります。

 

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音楽聴いてないなあ、、、(好きな音楽2022年1月)

年初。

オミクロン株の急拡大などでてんやわんやし、オフィスで仕事、という時間が短かった無風凧。ほとんど音楽を聴いていません。こういう時は、何かを聴きたくなるもの、、、なのですが、最近は頭の中で音楽がなっていても「聴きたい」と思うことも少ない。

結局、頭の中だけで音楽が鳴っていれば幸せ、な無風凧ですが、最近、頭の中で流れていた音楽で思い出すものと言えば。

1.赤穂浪士(芥川也寸志作曲、大河ドラマのテーマ)

2.亡き王女のためのパヴァーヌ(ラヴェル作曲)

3.ウルトラセブンのテーマ(冬木透作曲)

4.Syncopated Clock(L.アンダーソン作曲)

どうも、気軽な曲ばかりですね。こういう時もあるものです。ただ、、、亡き王女は、頭の中で編曲していて、色々なVariationを作って楽しんでいました。

 

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