博物館の意義
人口縮小社会。全ての「伝統・文化・遺産」を残していくことは不可能であることは、火を見るよりも明らか。それに、発展のためには古いことを切り捨てていかなくてはならないことも多い。
いま、どんなに「黒曜石の磨き方」を伝承している人がいたとしても、その人を人間国宝として黒曜石の磨き方で生活できるようにすることはあり得ないことでしょう。鉄の刃物、ステンレスの刃物、セラミックスの刃物、、、刃物はどんどん進化していますし、この進化は人間の生存本能に起因する活動ですから。
博物館はどうでしょうか。過去の「物」を集めて、未来に残すための「タイムカプセル」。こう考えれば、「維持費がかからない限り」においては否定されるものではない、ということは皆さんも異論はない事でしょう。
では、維持費がかかる場合、それをどのように工面するのか。工面できる額が足りない場合、博物館に収められている遺物等はどうなるんか。これは、主義主張・倫理などをふくめ、百家争鳴状態になること必定。
しかし、究極に、例えば日本人が1万にんまで減ったとして、既に「博物館として残していくことができない」ことは、残念ながら比定の仕様がない。まあ、1万人は極端かもしれませんが、地方においてはすでに現実問題ですし、国立博物館でも絵空事ではなくなってきています(コチラ など参照)。
いま、国会でも議論されているようですが、私たち自身が「自分のこと」として考える時期に来ているのではないでしょうか?
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