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官僚的思考

最近、とある研究会(?)で感じたこと。

参加者は、皆さん半分リタイヤ年齢で、少なくとも2度以上の「転職」をしてい居る方々。

一部上場企業の部長クラス、大学教授、中堅企業の役員、士業、でアラカン(アラウンド還暦)といえばわかりやすいでしょうか。

中に、いわゆる「官僚出身」と呼ばれる方が居て。比較的早いうちに「民間に出て」いて民間歴の方が長いのですが。

会話の端々に、「入庁年度」や「官僚としての役職(部長、課長など)」が出てきて、未だにそれをひきづっている。ご自身は「昔の癖が抜けなくて」と笑い話にされるのですが、考え方のど真ん中に、役職や入庁年度などでのランキングがあることは明白。そして、そこからの人間関係を敷衍して会話が進むことになる。

三つ子の魂百迄、とよく言いますが、官僚の経験百迄、ということでしょうか。

無風凧は、官僚の経験は有りませんが、アカデミック(大学)、大企業、ベンチャー企業、、、と渡り歩いています。

他の方から見たときに、無風凧は「〇〇の魂100まで」という感じに見えるのかなあ、その場合は何の魂に見えるのだろう?

そんなことを考えながら研究会に参加していました。

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