広島原爆80年
1945年8月6日8時15分、世界初の原子爆弾(リトルボーイ)が広島に投下され、15万人に近い方が無くなりました。その後の後遺症や二次の被災者を含めると、20万人は有に越えているでしょう。
今年で80年目の夏です。ということは、直接被ばくされた方は最低でも80歳、と言う云ことになります。当時の記憶がある方は、もう90歳ということになるのでしょう。
80年目の今日、無風凧は改めて原爆投下、そして原子力の歴史的意味を考えています。
よく言われる、「大量殺人兵器としての原爆」しかしその反面「戦争を終結させる最終手段」でもありました。
その後長い間、戦争抑止力として、原爆(水爆)は、その存在価値を持っていました。今は、ドローン攻撃やサイバー攻撃が取り沙汰されていますが、最終的な圧倒的力(暴力)は、厳然としたものがあります。
並行して、原子力の平和利用、賛否あるにしろ原子力発電や物理実験に使われてきました。私たちの生活の一部は、原爆を開発したからこそ成り立っている部分があります。
そして21世紀の今。クリーンエネルギーが叫ばれる中、それでも、実態としてコストを考えれば原子力に頼らなく手はならない、と結論する種々長も存在します。勿論、原発のリスクの計算も必要でしょう。
色々考えている中、無風凧的には原爆・原子力の良否は「解の無い問題」であるのではないないか、と思っています。見方によって、賛成者も反対者もいる。だから、今の私たちにできることは、原爆の悲惨さではなく、原爆の持つ「パワー」(物理的)の伝承。
そして、解は、その時代その時代に世論形成して、求められていく。時代によって正解が変る。そのような問題だと思うのです。
10年後20年後、どの様になっているのでしょうか。
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