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コラッツ予想と社会科学

最近、コラッツ予想の記事を書いていませんが、、、探求心は衰えるどころか、前にもましています。

そんな中で、丸山善宏著「万物の理論としての圏論」を読みました。そして、気が付いたことがあります。

コラッツ予想の難しさは、社会科学における予想の難しさ、と同根であるという事。これは、丸山先生の多用する類比(アナロジー)で説明することができます。

つまり。

社会学の予測の難しさは、予測対象に対する公理の変化を数学的に組み込むことができないこと。確かに、自然科学は公理という「不変の原理」を求め、それを前提に未来を予測しますが、社会学(というか所謂自然科学のごく一部をのぞくすべてという方が良いかもしれない)は、その不変の原理そのものが存在しない。

コラッツ予想は。

確かに3n+1と ÷2 という「ルール」だけのように見えますが、そのルール自体は、一般的な数学の公理とは異なるルールです。つまり、コラッツ予想は、いわゆる数学の不変の原理の上に成り立っている予想ではない。

これは、P.エルディッシュがいう「我々(人類)は、この問題をとく準備ができていない」という言葉に端的に表されていると言えます。

コラッツ予想に似た問題で、Guyの未解決問題というのもあります(無風凧の知る範囲では、未解決問題です)。これも、通常の整数論で使う原理の「一部に限定する」という意味で「不変の原理上の問題ではない」ということができます。つまり、エルディシュのいう「準備ができてない」状態にあるわけです。

今後の数学、特に数学の女王と呼ばれる整数論は、不変の原理を拡大させたり限定させたりしたルールに基づく数学の構築、ということになるのでしょうね。

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