経営はアートか理論か。
昨日の話の続き。
昨日の記事を書いた後、さる高名な経営実務家上がりの大学教授とちょっと議論する機会に恵まれました。(無風凧など、足元にも及ば梨レベルの経験と実績をお持ちです)。
その方曰く、「経営はアートだ」。
この話には、無風凧の考える「ビジネス構造の数理化」とい対極があります。つまり、無風凧が、
「ビジネス=構造という公理系+人の動きが状態関数」いう量子力学でいうシュレディンガーモデルに近い発想を持っていることが起点です。
長嶋元巨人軍監督ではないですが、「経営は勘ピュータも重要」というのが上述の先生のお考えでしょうし、ミンツバーグも同様の発言をしています。でも、変数が多すぎる、、、今のAIでもとても追いつかないでしょう。
更に会話は進み。
経営はそもそも学問か、という議論に発展しました。U.エーコの「理論化できないことは物語られなければならない」を考えれば、そもそも理論化できないのが経営だ、だから、事例(ケース)を物語り、議事的な経験を積ませることが経営学の教育の根幹である、というのが上述の先生の主張と受け取りました。
今日の話はここまでにしておきます。無風凧も上記には賛成です。経営学はまだ「学」にはなっていない。LLMの出現で、これまでの経営学の理論の大半は崩壊するだろう、と思っています。しかし、それは、その根底にある「構造」を見つけることが、まだ人類にはできていないだけではないか、というのが無風凧の主張です。つまり、理論は根底に眠っている。
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