ライドシェア問題をネタに、会議の在り方を考える。
先日、とあるMtgでの話。
ライドシェア(古い言い方では白タク、という人もいますね)問題ねたにワイワイガヤガヤしていたのですが。
推進する意見を持っている人が、
「反対派の人は、乗らなければ良い。賛成の人だけ、白タクに乗ればよい。これでお互いの主張は通っているだろう?」
との発言。これで会議が一気に盛り上がりました。というのも、白タクという制度に対する賛成・反対と、個人として「使う・使わない」を混同した発言に、参加者の多数が異を唱えたわけです。
一件正論にみえる上記発言も、よくよく見ると「論点のすり替え」がなされていることに気が付きます。これは、無風凧がよくいう「タバコ飲みの正論」と同じ構造です。
「同じ部屋にいる二人。片方は愛煙家、片方は嫌煙家」
という状態で、愛煙家の人が、
「お互いの自由を尊重しよう。僕はタバコを吸う。君は吸わない。お互いの主張をとおして平等だよね」。
この発言が「理論破綻」ことは皆様も理解していただけると思います。上記のライドシェア発言も同じ構造を持っています。風紀や制度、危篤事業者の権利の問題をはじめとして、「乗る/乗らない」以外に色々と考えたうえで「反対する人」は沢山います。
皆様も、是非、論点を合せた議論を心がけて下さい。特に政治家の皆様、よろしくお願いします。
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