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研究職と一言でいうけれど

研究職、という言葉があります。国立の研究機関の研究員は言うに及ばず、企業の研究所の従業員、大学の教員も本来は研究をしなくてはならない職、です。

でも。

学術的にキチンと分類されているか否かは浅学のため存じ上げませんが、その研究職が行う「研究」という言葉は、人によって定義が違うようです。

無風凧は、研究をまず大きく2つに分類しています。How型、Why型と名付けています。簡単に言えば、実現手段を研究するHow型、理由を研究するWhy型です。

大きくは2つですが、Why型は、さらに2つに分類されます。Why-Why型とWhy-How型。実現することができないから、その理由を研究するのがWhy-How型。真理を追究するための研究(真理があるか否かも研究課題かもしれません)がWhy-Why型。

いずれにしても、研究の根本的なスタイルは、「仮説・検証」であることは間違いありません。

世の中には、これらの定義から大きく離れた作業を「研究」と称する方も存在していて、それらを研究と呼ぶことに無風凧は抵抗があります。

1.新しいものを探すWhat型。

2.やってみなけりゃわからないからやってみるChallenge型(仮説も何を検証したいかもわからない)。これはWhat型の一部分かもしれません。

3.どうなっているかの観察をする「朝顔の観察日記型」。この方は、色々なケースを紹介して考察ではなく自分のコメントを述べるだけ、という論文を書いています。

などなど、色々な方がありますが、これらは、研究者じゃない。冒険者、もしくは観察者、そしてコメンテーターという方が適している。

さて。ここからが本題。

無風凧のいう研究についている研究職は、どの程度いるのでしょうか? 残念なことに、無風凧の回りには朝顔の観察日記型の発表をして「研究」と思っている方が多い。特に、新しい友人はそういう「なんちゃって研究職」が多い。日本の科学力が2流になっていることの証左だと思っています。加えて、無風凧の友人が劣化しているのかなあ、、、

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