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大学の中は(大学はかわらなくてはならない)

では、一昨日の続き(コチラコチラを参照)。

皆さんは、、、というか、無風凧が見聞きする範囲での、大学関係者以外の方がもつ大学の先生は、「末は博士か大臣か」と言われたような秀才・英才が揃っていると思われているようです。少なくとも、「研究もできて教育もうまい」。でも。大学の中に入ってみると、実際は違う、と思うことも多い。以下は、無風凧の肌感覚での大学教員の分類。

  1. 研究することが目的。研究をしたい。その権利のための「義務」として教育に携わっている。ただし、「学芸の中心として(学校教育法52条に記述されている)」という意味で深く専門の学芸を教授研究できてるとは言えないひとを含む。
  2. 研究が一流で、後進を育てることにも熱心な人。非常に稀有で、無風凧は過去に5人くらいしか知らない。(少なくとも、学部教育をしなくてよければしたくない、という教授は②には含めていない。)
  3. 元来研究よりも熱意をもって教育に従事している。このような教員は、研究そっちのけで教育に邁進することがある。
  4. 職業として、「大学教員」であり続けたい人たち。研究も教育も中途半端。
  5. セカンドライフとして「人脈(天下り)」で教員をしている。官僚等の天下りを含むセカンドライフで、定年までの年限が短いので「研究業績や研究業績を上げる必要がない」というところでしょう。というか、昇給昇格や研究成果をあげるより、セカンドライフを楽しむこと是としている。そういえば、大企業の役職経験者の一部も最近は「実務家教員」として重宝されているようです。

次に学生の話。この10年で大きく変わった感じがします。これは、学生の資質やランク(輪切りは悪いと思いますが、一般語として受け取ってください)によって、大きく異なります。

  1. 専門研究活動をしてくて大学に入る(その専門性を生かした研究・若しくは就職をする)
  2. 就職予備校替わり/友達作り(深く専門研究を経験するというよりは、就職のポイントとなればよい、程度)
  3. 親に言われたから/周りがみんな大学に行くから(昔でいうならモラトリアムですが、今の学生をみているとかつてのモラトリアムとは違う)

2と3は、大学卒業の肩書だけを手軽に欲しがっている学制と言い換えてよいかもしれません。このように考えると、学校教育法が定めた大学の目的は大きく変わってきています。

ここ10年、日本の国力が落ちています。それは、高等教育=大学教育の普遍化により、教員も学生もレベルが下がってしまった結果のように思えてなりません。

明日に続きます。

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