« ネスカフェ・ブラックロースト | トップページ | 詰将棋:新飛車は取られるのか2(デジャヴ?) »

官僚的「責任転嫁」

仙台市の故安倍元首相の葬儀における半旗掲揚問題(コチラ など参照)。

仙台市長の究極の「責任転嫁」は、記事中のこの言葉に集約されます。

「各学校がどう考えるかだ。掲げている所も掲げていない所もあった。強制ならば全校に掲げられただろう」

上記をケースとして、以下は一般論として進めます。

行政組織に限らず、一般企業においても、上長や上級職からの依頼は、半ば「命令」に近いもの。「最終判断は自分で決めて下さい」という言葉は、責任転嫁であると同時に、言われた方にしてみれば「脅し」と捉えられる可能性があります。一種のパワハラとも言えます。

似たような話はいくつもあって。

「基本は皆さんの判断ですが、参考までに私の考えを述べておきます」

「皆さんの責任で判断してきた抱きますが、判断に困るでしょうから指針を示しておきます」

これらは、すべて同様です。指針以外の判断をした場合、あとから何を言われるか。輪を乱すだとか協調性がないとか、散々な目にあいます。だから、指針通りにする、、、この判断は、元々の判断すべき課題とまったく違う理由での判断です。

このように。

責任転嫁をせず「業務命令」としたうえで「責任は上長がとる」というのが、本来の官僚主義。それだけの度量をもった管理者が減ってしまった、ということでしょうか。

このような官僚的「責任転嫁」は、ここかしこで起きています。現代日本の根源的課題の一つです。

|

« ネスカフェ・ブラックロースト | トップページ | 詰将棋:新飛車は取られるのか2(デジャヴ?) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« ネスカフェ・ブラックロースト | トップページ | 詰将棋:新飛車は取られるのか2(デジャヴ?) »