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政教分離を考える。

岸田改造内閣が発足しました。発足直後から、旧統一教会に関連があったのではないか、という閣僚がやり玉にあがっています。

「旧統一教会ということは知らなかった」と宣う方もいらっしゃるようです。一票のために、ということで本音だとは思いますが、本当に知らなかったとしたら、情報収集能力が相当低いと言わざるを得ません。少なくとも、「国会議員を任せてよいのか」と疑ってしまいます。

 今日の主題はそこではなく。

 そもそも政教分離は、「政治に宗教を入れない」ことが目的。政治が宗教に入ることは禁じていない。

 簡単な例でいえば、宗教は法律を遵守しなくてはなりませんが、宗教の考えを法律に入れてはいけない、ということです。

 ここまでは、難しくない。

では、お寺のご子息。子供のころからお経を習い、理解している、とします。勢い、主張の中には、明示できない形ではあるけれども宗教の影響が色濃く入ってきます。これは、宗教が政治に入る、ということではないのでしょうか?

さらには、僧籍をとり、宗教法人としての活動をしている人がいるとします。博愛主義を主張するとしても、キリスト教系の方と仏教系の方では、考え方が違います。これは、政治に宗教が入っている、と言えるのではないでしょうか?

もし、「宗教」ではなく「宗教教団」に対する規制だとすれば、それは、所謂反社会的勢力など、違うカテゴリーの課題になります。

ということで、よく見かける言葉「カルト宗教」。

言われつくしたことですが、カルトとカルトでない線引きはどこ?という問題があります。また、カルトでない宗教にカルト的にかかわっている人と、カルト宗教に名前が載っているだけの人。どちらが「カルト宗教の人」に見えますか?前者の人が国会議員として政治をすると、随分宗教色が濃い主張になります。

いろいろな意味で、宗教と政治の線引きは難しいものです。

 

 

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