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賭けマージャン

黒川さんの問題が、予想外の方向に行ってしまい、、、ちょっと笑ってしまいました。検事長が賭けマージャンをしていたことが記事になり、辞任する、というのは、さすがに想定外でした。

ここからは、黒川さんに特化した話ではないのですが、、、「賭け事」自体が、既に市民権を得て容認されているにも関わらず、疎んじられていると同時に、如何に「言葉として曖昧なものか」を論じてみたいと思います。そして、この「曖昧」さが、今回の「黒川辞任」における各種矛盾(辞任をみとめるのか、退職金を払うのか、起訴されないのか、などなど)の根源であることは言うまでもありません。

一般的な慣行として、「賭け」という行為が全くなされないわけではありません。それどころか、宝くじや公競輪競馬など、国が認めている「賭け」は存在しています。その意味では、一概に「NO」と言ってしまうことは、法体系として整合性が取れないような気がします。この意味において、IR法案も矛盾をはらんでいると思っています。

賭博に関して出ている法律は、まずは刑法185条です。この但し書きは、曖昧です。「ただし、一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは、この限りでない 」。1000万円の時計と指輪を賭けても、それが一時の娯楽に供するものであると判断されれば、違法ではない、と書いているわけです。金銭なら表向きは1円でも違法です。現実には、日常生活における些細な楽しみ程度の金額であれば、逮捕・起訴されることはない、というのが慣習のようです。。。が、この「日所いう生活における些細な楽しみ程度」というのも曲者です。年収100億円のひとにとっての1万円と、年収200万円のひとにとっての1万円はおもみが違いますからね、、、黒川さんにとって数万円の掛け金は大したことないかもしれませんが、コロナで生活苦の方々にとっては、許しがたい金額ということになります。

また、刑法では、単純賭博(185条)と常習賭博(186条)を区別しています。単純賭博と常習賭博も、言葉の上では違いが分かるような気がしますが、定量性をもった差異は厳密には定義されていません。同窓会の度に旧交を深める目的の親善マージャンでタバコ銭を賭けていた場合は、常習賭博か、、、などなど考え始めれば曖昧過ぎます。

これら「曖昧」な部分があるということは、法律を判断する人、一般的には裁判所の判断で、白とも黒ともなるということです。黒白をはっきりつけるための法律の世界で、このような曖昧さが残っている、、、刑法もより厳密に曖昧さをなくすように改正されるべき時が来たのかもしれません。

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