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大学は何のためにあるのか?

無風凧の大好きな箱根駅伝。今年は、強い青山学院大学が戻ってきて、復活優勝しました。青学関係者の皆様、おめでとうございます。

青学のトレーニングの風景などは、四連覇の時にマスゴミなどで報道されました。若干の脚色があるだろうとは思うものの、青学の強さの秘密は徹底した科学的トレー二ング(Physical、Mental、Eqipment全てに)に立脚したものである、と言えましょう。もちろん、今年の好成績に「厚底シューズ」の影響も無視することはできないでしょうが、それも含めて徹底した科学の裏付けがなされているようです。

さて。ここからが今日の主張です。(コチラ も参照してください)。

無風凧の出身大学もそうでしたが、いわゆる「体育会系」な学生がいます。彼ら彼女らは、「学業よりも体育会活動」が優先されることがおうおうにして許されています。例えば、対外試合の場合に認められる「公欠」なども一つの例ですね。

このような学生は、、、大学の建学の精神や、アドミッションポリシー、それより何より、教育基本法の大学の本分・目的を逸脱しています。

そこで改めて、問いたくなります。「大学は何のためにあるのか?」

大学は、体育会系の学生にとっては「体育系の活動」の場を提供してくれる存在以外の何物でもありません(卒業証書、という肩書きもあるかもしれませんが)。少し乱暴な言い方ですが、大学の本分で無い以上、「選手個人の趣味」ということができます。彼らが趣味を謳歌するために、、、私たちの税金が使われています。少なくとも、「補助金」という形で大学に配布され、その幾許かは体育会系活動の活動資金となっています。このように考えると、もう一度考えたくなりませんか?

「大学は何のためにあるのか?」

教育基本法が変わり、新しい教育機関として「専門職大学」「専門職短期大学」というものができました。これを機会に、サイド「大学は何のためにあるのか」を本気で論じる時期に来ていると無風凧は考えます。

# 無風凧的には、大学が多過ぎる、と思っています。職業訓練校や専門学校が一条校大学を名乗っているので、本来の「大学」との区別が必要だと、と言い換えても良いかもしれません。

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