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脱オブジェクト化主義

神奈川で、県の行政文書漏洩事件が起きました。今回は、これをネタに現代社会の問題点を指摘します。

この事件の概要は。

・県庁(A)が使っていたPCのHDDが、完全な消去されないまま、オークションで売られた、という事件。

・HDDは富士通(B)からのリースで、県庁は一般的な消去の後に、富士通に返した。

・富士通は、このHDDの完全消去を、ブロードリンク社(C)に依頼した。

・ブロードリンクの消去担当者(D)が勝手にネットオークションに出した。

悪意の人(E)が、漏洩した情報を悪用して、ある企業(X社)が、100億円の被害を受けたとしましょう。主な「責任(賠償をする人)」は、(A)(B)(C)(D)(E)の五者です。

それぞれに、責任がありますが、それぞれに、100%の賠償はしない(できない)でしょうし、責任逃れもするでしょう。

(A)は、簡易であっても消去をした上で、リース元の富士通(B)に返したのだから、責任はない、と主張するでしょう。しかし、神奈川県民(世論)は、「県庁がしっかり消去すべき」というでしょうから、道義的にも責任0とは言えない。

(B)(C)は、業務管理が甘かったということで、使用者管理義務違反が問われます。しかし、HDDを持ち出す、ということは犯罪ですから、ブロードリンク(C)の善管注意義務の範囲を超えて、賠償責任を問うことは難しくなります。

(D)は、もちろん犯罪を犯しています。しかし、「消去したHDD」を「業務上横領」した以上の責任を問うことは、現行法上は難しいと考えられます。

(E)は最も重い犯人です。ですが、100億の損害全てが(E)の懐に入った訳ではなく、支払い能力と言う意味では、おそらく全く足りない。

このように考えると、、、X社は、結果として泣き寝入りするしかない、、、と言うのが見えてきます。

X社が泣き寝入りしなくてはならなくなるのは、なぜか?それは、犯人がいるから、と言うのは正論ではありますが、それ以上に、現代社会は全ての業務が「オブジェクト化」されているから、と言うことができます。Aの県庁。HDDを物理的に破壊していれば、問題は起きませんでした。そもそも全てのHDD破砕は、使用者が責任を持って行っていれば、、、もしくは、リース元の富士通Bが、自社で責任を持って破砕していれば、Cのブロードリンク社は存在しないのですから、元から賠償責任など起きようもありません。よしんば、ここだけは、「オブジェクト化」したとして。C社の社長が「従業員」と言うオブジェクト化をする場合には、全て社長が責任を取る、と言うルールがあれば、X社は、ブロードリンクから賠償を受ければ良い。、、、

このように考えると、現代ビジネスの「オブジェクト化」は、弱者をより弱者にする仕組みであることがわかります。そんなことを考えていまら、無風凧は、ビジネスの「脱オブジェクト化主義」を主張しています。

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