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千葉のゴルフ練習場、東電の原発裁判 に共通するもの、、、Natural Status 思考

(1)3.11の原発事故に対する東電幹部の刑事裁判結果(一審)が出ました。無罪でした(コチラ 参照)。

(2)ゴルフ練習場の鉄柱が台風15号で倒れて民家に被害が及んだ件、ゴルフ練習場の経営者は当初の発言を翻し、「自然災害だから補償はしない」と主張しています(こちら 参照)。

例は枚挙にいとまがありませんが、この二つに共通するものは、何でしょうか?おそらく、昨年の関空への橋にぶつかった船舶の事件も、同じようなストーリーをたどると思うのですが、、、、

それは、自然災害と、国の法律です。

国が決めた基準を守っていれば、責任は無い。未曽有の大災害は、予想できなのだから責任は無い。ある意味では正しい。3.11の津波は、地方に伝わる伝承を忘れていた、という人災はあると思うのですが、堤防の高さが十分かどうか、などというのは100%の予想はできないのはいうまでもありません。自然はかくも強いものなのです。

では、ここで無風凧は問いたいのです。「原発がなければ」「鉄柱がなければ」どうだったのでしょうか? おそらく(というよりは絶対に)放射能汚染は起きなかったでしょうし、鉄柱が倒れて家が壊されることはなかった。その意味では、「何らかの原因」を作っているのです。

その「何らかの責任」は、、、、自然災害の前には問われないもだ、と言われると、違和感を覚える方は多いのでは無いかと思います。無風凧も違和感を覚えます。法律が「ここまで対策をしておけば無罪放免」と決めていることにも、非常に大きな「違和感」を覚えます、、、その基準がもっと厳しかったら、被害が起きなかったかもしれないのですから。

無風凧は、こういう時に、「Natural Status 思考」します。その場に、人がいなければ、どういう状態だったか。人の「何からの営み」によって「自然の状態( Natraul Status)」と異なっている場合は、少なくとも責任は「0ではありません」。そのように考えると、上述の(1)(2)はともに、「なんらか」の責任を取る必要があります。加えて、「法律を作った為政者」も、責任を取る必要があります。

総じて。災害に対する法律は、為政者や経営者側の視点で、不利にならないように作られています。というのは、為政者が法律を作るから。もっと言えば、如何に責任を取らないようにするか、が法律なのです。

このように考えると。民意を反映するために、Natural Status 思考で、あらためて法律を見直す時期に来ている、と思っています。

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