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ズレ と ブラック部活

言うまでもないことなのですが、、、世の中は全てに「ズレ(EXCES)」があります。ズレがないものは無い、と断言できます。

たとえば。今、無風凧の目の前にある買ったばかりに「クリップのケース」には、クリップが500個入っているのですが、同じように見える500個でも、一つ一つに違いがあります。少なくとも、、、使われる順番は違うし、使った後、例えば3年後に、「どこに存在しているか」を考えれば、「ズレ」は随分大きなものになっていくでしょう。

このように考えれば、ズレが無いものはありません。

ビジネスの世界も同じ。いや、ビジネスの世界は、自分から「ズレ」をつくることが仕事です。ビジネスの勝者と敗者は、なにかの違い、、、ズレが存在します。ビジネスにおける競争は、ズレをいかに助長していくか、と言い換えることができます。

そのように考えれば、受験勉強も同様です。「合格する」ことは、不合格の人と「ズレ」があります。「努力」という言葉は、ズレを助長していくことを差していると言えます。そして、この「努力」を否定する人は、世の中にほとんどいないでしょう。

では、部活はどうでしょうか、、、例えば陸上部。100mスプリントで0.01秒短い記録を作るためには、どれだけのトレーイングが必要でしょうか?でも、そのトレーニングなくして、ゴールテープを切ることはできないでしょう。でも。その為のトレーニング=努力は、最近は「ブラック部活」と呼ばれ、否定されることがあります。強制はよくないことかもしれませんが、強いることは、強く成る為には必要な場合があります。

「風が吹けば桶屋が儲かる」的な屁理屈かもしれませんが。

部活の時間を短くする →同じ練習時間の中で順位を決める といのは、ズレを「小さく」する方向ですから、ある意味はで努力を否定することになります、、、そのような「努力を認めない世の中」は、「ブラック」というより「漆黒」と言い換えることができるほど、魅力がない世の中だと思います。

努力に勝る天才は無し。その努力の方向が「時間」であることを否定する世の中にはしたくありません。その上で、、、努力から降りる、という自由によってブラックから逃れるルールは必要だと思います。

世の中のブラック部活論争は、論点がずれています。

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