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令和時代は「零和思考」の時代

ゲーム理論の基本的概念の一つ、「零和(Zero Sum)」。簡単に言えば、「利点があれば、それと同量のマイナスがある」というもの。博打の例で言えば、勝った人の儲けた金額 + 負けた人の損した金額 = 0 という状態を指します。この「零和」という考え方。令和に時代にとっても重要だと思うので今日はその話。

「便利になる」とその分だけ「損する人がいる」。これが零和。卑近な例で言えば、、、

・自動車の存在で便利になると、事故が起きる。

・自動車のスピードが速くなると、移動は早くなるけど、事故が大規模になる。

・Net販売で利便性が上がると、宅配業者がブラック企業化する。

・CDが売れると、レコード針を作る業者は潰れる。iTUnesでの音楽を買う人が増えると、CDの販売が落ちる。、、、

枚挙にいとまがありません。

このように考えると。

技術革新による利便性の追求も、究極はどこかで「マイナス」を含んでいます。公平に思える法律も、どこかに矛盾をはらんでいて「損をする人がいます」。

最近の例では、

・ 働き方改革(五年雇い止め)

・ オリンピックの入場券のネット申し込み

・ ココログのシステム変更

などなど、プラスになることを目的にしたことでも、結果として「マイナス」になっている人がいます。勿論、確率的に本来は起き得ないはずのものが起きる場合も含めて、期待値は0、即ち零和。

このように考えると、何を行うときでも(プロジェクトでも、法律でも)「どこに」どういうマイナスがあるのか」を熟考する必要があります。令和の時代は、「零和思考」の時代です。

 

最後に。
ゲームの理論には、「非零和」という状態が存在することになっています。囚人のジレンマ が嚆矢。でも、、、これも、Playerとして第三紗hを入れた場合には、ある意味で「零和」になります。
同様に。ビジネスモデルにWin-Winは存在しない。詳しい話は、あらためて。

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