d3812 言論の自由(新潮45休刊に考える)
杉田水脈論文掲載、およびその擁護企画を掲載したことが引き金となり、新潮45が休刊になりました(コチラ(新潮社社長)、コチラ(休刊記事)、コチラ(新潮45の10月号の案内)、コチラ(東洋経済)など参照)。
新潮45の杉田論文企画、及び休刊に関しては、既にいくつかの意見が述べられています。
大別すると、
1) 「杉田論文を擁護する企画」の内容自体に批判的
2) 企画の内容よりも、確信犯的「炎上商法」に批判的
3) 言論の自由を奪う休刊に批判的
不思議なことに、休刊自体に賛同という意見は、殆ど見かけません。賛同意見が多いので、記事にならない野かも知れませんが、何故か違和感を覚えます。
なぜ休刊に賛同記事が少ないのだろう、、、と思って考えているうちに、American Presidentという映画を思い出しました(過去にも、記事にしてます。コチラ、コチラ 参照)。詳細は、映画を見ていただきたいのですが、M.ダグラス扮するアメリカ大統領が
「自由を認めるということは、自由を否定するという意見も認めるということだ」
とスピーチします。この映画の言を借りれば、もし、「言論の自由」を最上段に構えるなら、上記の総ての意見を認めることになります。
ここまで考えて、無風凧は再度「あれ?」と悩むのです。新潮社社長は、「休刊」という自由を選んだわけですが、しかし、それは、以前の「杉田論文企画」という言論の自由を自ら否定したことになります。
このように考えると。すべての意見の中で、論理的にあり得ないことは、
1) 休刊するという選択
2) 休刊に賛成
ということなんですね。、、、論理式は、皆様ご自身で御確認下さい。
再度書きますが、「言論の自由」を標榜するジャーナリストは、批判があるから論を下す、ということが矛盾で、それ自体は、世論からも支持されない、という結論を導き出すことが出来ます。
ちょっとわかりにくい文章ですね、、、ご高配をお願いいたします。
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