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[3734日目]松本死刑囚の執行に考える。。。。3.公私の区別

松本智津夫氏の刑の執行から丁度一週間。国は、遺体の処置・管理に四苦八苦しているようです。(コチラ など参照)。

故人の遺骨は、宗教集団においては、神格化されます。そういう意味で、観察対象になっている宗教法人の教祖の遺骨は、聖遺物になり、求心力をもつことになります。求心力を持てば、いつかは、「宗教の復活」みたいなことになるでしょう。それを「是」としない人たちにとって、遺骨が神格化されないようにすることは、非常に重要なことです。今回、パウダー化して太平洋に散骨、というアイデアが出ていますが、これ以上の方法は見つからないかもしれません。

しかしその一方で。松本氏の場合は、たしか6人の子供の父親です。オウム真理教の教祖が「公」の顔ならば、6人のこの父親という「私」の顔も持っているわけです。子供が、自分の父親の冥福を祈りたい、と純粋に思っているならば、それを阻害することは、倫理的には意見が分かれるところでしょう。

宗教家でなく、その他の場合でも、死後の「公私の区別」が必要になる場合があります。大企業の創業者の場合、大体はその組織においては神格化されます。松下幸之助しかり井深大しかり福沢諭吉しかり小林一三しかり。もっと昔でいえば、菅原道真や聖徳太子なども神格化されました。珍しいところでは、ショパンの心臓、なども挙げられるかと思います。彼等も、「私」の顔がある(あった)にも関わらず、葬儀を始めとして「公」の顔が重んじられています。

死後がだれのものであるのか、は非常に難しい。今回の松本死刑囚の執行を期に、今、あらためて原理原則を考えてみるべきキッカケだと感じています。

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