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一昨日の回答

まずは一昨日の記事をご覧ください(コチラ)。

今回は、記事のバス事故を用いた「ケーススタディ」です。Fakeでは有りません(笑)

ケーススタディでは「大惨事」になっていますから、当然テレビやネットで大々的に報道されます。一応総コメンテーター状態。こんな時に、世論はどのようになるか、が最初の課題。

世論は、、、「会社に何らかのミス」を見つけ、それを糾弾する方向に進む。今回は、運転手が意識不明になりましたが、健康管理はいうに及ばず、残業状態、からはじまり、なぜその人を雇ったか、さらにはマスコミ対応まで含めて、何か一つでもミスをみつけ、徹底的にたたきます。ミスがみつから無い時は。被害者の方の「悲しみ」を取材して、それを「善」として、その対比で会社側を悪にします。社長が「辞任しない事/辞任するべきだ」と指摘します。つまり「会社が悪」という図式を作り上げます。

このような対比により、「善悪」「良否」を明確化することにより、記事の寿命が延び、視聴率を稼ぐことができる、、、、ことになります。

無風凧の回答1:
事故は、会社側に過失や責任が無くても、会社側に「あたかも責任があるように」世論が形成されてしまう。その原因は、マスゴミが「視聴率を稼げるコンテンツとして世論を導引するから」

では。
ケースの場合、本当に「悪い」のは誰でしょうか?
地震、台風、火山などの自然現象は言うに及ばず、心臓発作や脳こうそくなどの医療など、現在科学では明確な対応方法が判っていないものが沢山有ります。もしくは、対応しても100%の保証が出来ないものです。
このように、「人知の及ばない領域」は、私達が生きていくうえで容認しなくてはいけない「自然に起因するリスク(Naturarl Risk)」ということが出来ます。
もう一つ。人が社会生活を円滑に行う上で、認めざるを得ないリスクも存在します。自動車事故を無くすためには、「自動車」を無くせばよい。飛行機事故を無くすには飛行機旅行を無くす。同様の考え方は、原発問題です。原発は、その被害の大きさに鑑みて、廃止を訴える人が多くいます。もっと大きく言えば、憲法九条のある意味での解釈も同じ。「軍隊を持たなければ戦争は起きない(この論理には飛躍があると無風凧は思いますけど)」。
つまり、人が現在の経済社会を効率的に生きていくうえで容認しなくてはならないリスク、、、社会の効率性の為のリスク(Social Risk) があります(注)。

Natuiral RiskもSocial Riskも、「誰が悪い」という特定を行うことが出来ないという共通点を持っています。言い換えれば、「誰も悪くないのに被害だけ被る」=「怒りの矛先がない被害」です。これらは、、、、残念ながら、現代社会を生きていくうえで、認めざるを得ないリスクです。それにあたってしまえば、怒りの押さえようがないかもしれませんが「泣くしかない」。これを受け入れる事が、即ち現代社会の一員たる条件です。

ここでは、Naturarl RiskとSocial Riskを併せて基本リスク(Basic Risk)と呼んでおきますが(注2)、今の憲法に書かれている国民の三大義務(勤労、納税、教育)は、その一つ上位の概念として「Basic Riskを受け入れることが日本国民の最低限の条件である」としなくてはならない、と思っています。

無風凧の回答2:
人知の及ばないリスクは、追及しないことをコモンセンスとして受け入れると共に、BaiscRisk容認を義務とする法体系を作る。

、、、うまく、説明できたかな?

注:このSocial Riskは、多重にチェック機構を入れても、人の「注意力の限界」というBasic Riskに帰着される部分もあると思っていますが、詳細の考察はまだ行っていません。
注2: Basic Riskには、もう一つ存在していて、Rumor Riskと仮に呼んでいます。これに関しては、別の機会で。

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