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責任の取り方(3)

大阪大学の昨年の入試で、設問ミス・合格者ミスが発生しました(コチラ 参照)。同様のミスは、これまでも何度も報告されており、そのたびに「再発防止に全力を尽くします」「不利益を被った人への補償を行います」主旨の発言で終わっています。

再発防止に全力を尽くす、、、と言っても、人が行う作業である以上、絶対のゼロはありえません。人工知能を使っても、0にすることは「難しい」というよりは「不可能」でしょう。ですから、今回の議論からは外します。、、、(☆)

「不利益を被った方への補償を行います。」

これは、ある意味では、正論です。しかし、例えば補償の財源ひとつとっても「何処から出るの?」「他の使い方があるのではないの?」と言われてしまえば、その通りです。収められた授業料から補償金を払う、というのは、正規に入学して授業料を支払っている学生やその保護者にとっては、「そんなことに使うなら授業料を下げてほしい」という叫びが聞こえそうです。加えて、「時間」補償はどのように考えればよいの?と問われて、公正・公平に答えることが出来る方は、なかなかいないのではないでしょうか?その上で「精神的苦痛」に対する慰謝料の問題まで加われば、本当に難しい。

そして。

この問題の「責任は誰が取るのか?」に至っては、もっと難しい。大阪大学の学長ですか?学部長ですか?入試委員長ですか?それとも、文科省の大臣ですか?誰であっても「形式的に」「立場として」「口頭では」責任を感じているとは言うでしょうけど、本来的には「現場のミス」であって、それも「確率的には0にはできないミス」です。自分が責任者のときに「偶々起きてしまった」「運が悪かった」というのが本音ではないでしょうか?このように考えると、「責任の取り方も形式的にならざるを得ない」ということになります。つまり、「実質的な責任者は居ない」即ち「責任の取りようがない」。

これは、冤罪被害者なども同様にいうことが出来て、「何もなかった元の生活に戻れない」という冤罪被害者と、「職務質問を始めとして国家権力のもとで合法的に逮捕・取り調べを行っている司法」の「Gap」があることを意味しています。

つまり。本来的な意味での「責任を取る人が不在」です。

このように考えると。

「社会的コンセンサス」として「補償法」を作り、その範囲は「税金で賄う」というのが一つの方法ではないか、と思います。

例えば、大学入試のミスは、翌年の合格と共に、予備校代など実費補てん+慰謝料100万円、というように法律で決めるわけです。痴漢冤罪は、生涯賃金の補償、などですね。この金額をすべて税金で賄う。随分細かなところまで決めなくてはならないでしょうけど、損保生保の方々と相談すれば、意外と「ルール」は作りやすいでしょう。

。。が。これも一長一短で、「補償は税金で行う」ことを前提として「手抜き」をする人が出てくるでしょうし、この「補償金目当て」の「当り屋」が横行するでしょうし、、、、

結局、「責任の取り方」ってどうすればよいのか、無風凧は日々悩んでいます。

1/14追記:
時事通信の記事によると(コチラ 参照)、大阪大学では学長と理事が自主的に「報酬返納という責任」を取り、再発防止のための委員会を常設することにしたそうです。(☆)の部分を0にする努力と、「自己責任」を感じる心情に拍手を送ります。願わくば、「次に同様の事故が起きた場合にはどうするか」を明文化しておいてほしいと思います。

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