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Local-Global(ロカバル)な問題

「京大の立て看板、景観条例違反指導で学生ら困惑」 (出典は ハフィントンポスト)。

京都大学に限らず、早稲田大f学や法政大学などでも、立て看板はあります(もしかしたら「ありました」かも?) 学生の活動の一端として、そして学生文化の一端として、是非残してほしいとも思いますが、ですが、地方の「環境保全」も大切なこと。近隣住民にしてみれば、死活問題かもしれませんし、京都市としては海外観光客誘致の「課題」になっているのかもしれませんから、うかつな発言は出来ません。

この問題、、、LocalーGlobal(ロカバル)な問題、と無風凧は名付けたいと思います。本来、該当地域だけで解決すべきLocalな課題であるにもかかわらず、ネットやマスゴミの報道/Propagationによって、日本中の人が関心をもつGlobalな問題になってしまいます。京大立て看板の例では、20年前なら無風凧は知ることもなかったでしょうけど、Netのお蔭で無風凧も関心をもちましたし、意見を求められれば、「立て看板を残してほしい」となるでしょうからね。

この現象。普遍的には、範囲が広がれば広がるほど、「普遍性のある意見」が主流になります。言い換えれば、「伝統は守るべき」とか「環境は守るべき」という普遍性のある意見がGlobal視点での意見として集約されます。Globalな意見、と言えば聞こえは良いですが、「部外者の意見」となることも多いし、実際、京大立て看板の例で、無風凧は「部外者」だと認識しています。

インターネットの普及により、ローカルな話題がグローバルになることは簡単です。Youtubeで公開し、インフルエンサーが一人付けば、あっという間にグローバルになります。そして、、、部外者が喧々諤々言い始める。結果として、「ローカルとしては望まれていない解決策」に陥ることや、担当者がいわれもない「中傷」を受けることになります。

ネットの世界での「忘れられる権利」という議論がありますが、ロカバルな問題は「部外者からは静観される権利があると思いますし、そういうルール作りがそろそろ必要かな、と思っています。

注: ロカバルは、Local-Global を短縮した、無風凧の造語です。Glocalの逆の意味ですね。

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