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差別と区別2(ランキングについて考える86)

一昨日の続きです(コチラ 参照)。

今日は簡単な実験から。まず、次の食材の名前を10秒間見てください。無風凧邸の昨夜の夕食の食材です。

  • ごぼう
  • 蓮根
  • 豆腐
  • 鶏もも肉
  • 長ネギ
  • 蒟蒻
  • 胡瓜
  • キャベツ
  • ツナ
  • タマネギ

そして、10秒目を閉じて、それから、画面を見ずに何が書いてあったか、紙に書きだしてみてください。

恐らく、7個位は思い出すことが出来ると思います。そして、、、ごぼうは、100%の方が回答できていることと思います。

食材を、思い出すままに11個並べました。夕食の食材、という一塊の知識を、11個に区別する、ことをしたのが上記の例。この「順番」は、何の意図も持っていません。思い出した順番です。でも、人に伝えるために「書く」ことをするには、どうしても、「順番」に書かざるを得ません。もし、口頭で伝えるにしても、「喋る順番」があります。

つまり。

いわゆる「ランキング」ではなく、「羅列(=区別したものに命名しただけ)」であっても、区別したものを記録して人に伝えるようとする瞬間、もっと言えば「知識」となった瞬間に、「順番」をつけざるを得ない。そして、その「無作為の順番」は、上述の例でいえば「記憶力テストで思い出される食材のランキング」の結果を大きく左右します。

順番のついていない、区別した結果の羅列が、既にランキングを生み出している。区別しただけのつもりなのに、既に差別を行っている。このアナロジーは感覚的にご理解頂けますか?

「はじめにズレ(EXCES)があった」は、「構造と力(浅田彰著)」の冒頭の言葉ですが、ズレを認識した時点で、既にランキング=順序付けが行われている。これは、人間が知識(知能、という方が良いかもしれない。細かな術語は改めて考えるとして)を持つことと、同値であると言ってよいと考えます。

極論すれば、区別と差別にズレはない。

ようやく準備ができましたので、次回は、ランキング人仮説と、「いわゆる差別問題」の関係を論じたいと思います。

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