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プライベート(映画に学ぶ経営論)

このブログには何度か出てきている映画「The American President」。マイケル・ダグラス演じるアメリカ大統領と、任期中にGFになるシドニー(A・べニング)の顛末の話です。

この映画のDVDで、チャプター19“Morning after exit”は、「森友問題」を始めとする「公私のケジメは?」という際に、一度は参考にしてほしい内容です。
大まかに書くと。

1) 大統領とシドニーが一夜を共にする。
2)翌朝、まだ暗いうちに報道がホワイトハウスを取り巻いている。
3)大統領付の補佐官たちが朝5時に集合して、善後策を考えている。
4)大統領は、補佐官たちに「このことは私の個人的なことであるから、ホワイトハウスは一切コメントしない」と発言する。
5)補佐官の一人(M.J.フォックス)は、「そうはいかない、、、」と食い下がろうとする。
6) M.J.フォックスはそのまま引き下がる。

ここまでで、少し考えてみましょう。

1. 大統領の私生活のトラブルに対して、補佐官(つまり公務)が動いている。
2. 大統領の私生活の問題であるにも関わらず、補佐官は「私生活ということでは(世論的には)収拾がつかない」と考えてる。

私生活に「公務」で対応する、、、これって、要人警護などでは当り前、の話だったりするわけですけど、明確な線引きは出来ません。

この話も「森友問題」も「夫人」が対象ですけど、子どもがそのポジションになることもあります。いわゆる「親の七光り」ってやつですね。

無風凧としては。
公人や私人という区別は原理的にできないと思っています。分けなくてはならないSituationが、今いまはあることは理解していますが、そのような区分を「すること自体」が間違いの発端だと思ってます。人は人。公人も私人もない。そのうえで、それに適応した法体系=ルールつくりをしていかなくてはならないと思っています。
是非一度、この映画をみて「プライベートとは」について考えてみてください。特に、「人の上に立とう(注)」という人は、よくよく考えてみてほしいと思います。

(注) 個人的には、「人の上に立つ」という表現は嫌いです。人の上に人を作らず、人の下に人を作らず、です。でも、適当な言葉が思いつかず、、、

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