欠礼葉書
この時期。 ご不幸のあった方から「欠礼葉書」が届きます。ご不幸を存じ上げなかった方から届いて驚くこともあります。
その欠礼の葉書。 文面、つまり「敬語の使い方」が少し気になります。
「年末年始のご挨拶をご遠慮申し上げます」、、、(A)
と書いてある方が時々いらっしゃるのです。 ネット上のQ&Aサイトなどを見てみたら、「それも正しい」となっているようです。でも、無風凧には違和感があります。
「ご遠慮」の使い方に課題があると思っているのですが、その前に、「誰が誰に対して何を止めるのか」を考えてみましょう。
「私(不幸のあった方)」が、「はがきの受け手」に対して、「挨拶する」のをやめるのが「欠礼」葉書の主旨です。 これを敬語表現したものが、上記(A)の文章でしょうか?
(A)では、遠慮に「ご」がついているから、先方(つまり、)葉書の受け手 に対する文章です。
あれ? 行為者が変わっている!
というわけでは、無風凧は、「違和感」をぬぐうことができません。(A) は、
「年末年始のご挨拶を失礼させていただきます。」
で良いと思いますし、はがき等で見たことはありませんが、
「年始のご挨拶を差し上げない無礼をお許しください。」
などというのも、無風凧としては、好感が持てます。
「ご遠慮」の使い方に課題があると思っているのですが、その前に、「誰が誰に対して何を止めるのか」を考えてみましょう。
「私(不幸のあった方)」が、「はがきの受け手」に対して、「挨拶する」のをやめるのが「欠礼」葉書の主旨です。 これを敬語表現したものが、上記(A)の文章でしょうか?
(A)では、遠慮に「ご」がついているから、先方(つまり、)葉書の受け手 に対する文章です。
あれ? 行為者が変わっている!
というわけでは、無風凧は、「違和感」をぬぐうことができません。(A) は、
「年末年始のご挨拶を失礼させていただきます。」
で良いと思いますし、はがき等で見たことはありませんが、
「年始のご挨拶を差し上げない無礼をお許しください。」
などというのも、無風凧としては、好感が持てます。
言葉は生き物、時代によって変わっていきます。でも、文化・伝統として、少しでも長く「正しい言葉」を繋げて行きたいと思っています。
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