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時間に関する哲学的考察

時間はどこで生まれるのか?、を読んで、久しぶりに”時間”について考えています。

最近、色々と多忙(心を亡くしては居ないつもりですが)で、こういう時こそ頭の中が「現実逃避」して色々な思考をしてしまいます。

さて。

時間を考える、という「何を考えるんだ?」と思う方がいらっしゃるかもしれません。無風凧は、「同時とは何か?」を考える事からスタートしていましたが、今回はちょっと違う視点です。

まずは、ちょっと想像してみてください。水槽の水に、インクを一滴落とします。インクはだんだん拡散していきます。この状況をビデオで撮っていたとします。ふつうに再生したら拡散していく様子が見て取れます。逆再生したら、、、皆さんは(勿論無風凧も)「変だな」と思います。

次に、「インクを落とした瞬間」のスナップショット①と、「充分時間がたった後の瞬間(ほぼ均一になってしまった後の瞬間)」のスナップショット②の2枚を見比べてみましょう。②の後に①を見て「変だな?」と思うでしょうか?ほとんどの方は、思わないと思います。逆に①と②を見比べて、「拡散」を頭の中で「補間」して、①と②の時間的な順序を結論付ける方はいらっしゃるでしょう。

では、①と②の間の時間、、、「インクを落として30秒くらいした瞬間」のスナップショット③を加えて①③②を見比べると、、、誰でも、①③②の順番に並べることができます。では、②①③と並べて、不思議に思う方が居るでしょうか?・・・実験してみなくては判りませんが、半分くらいの方は、「自然である」と思うと無風凧は思います。何もない状態から、インクを落として、拡がっていく、という現象と解釈することができますからね。

時間は、それ自体を「測定」しようとしたときに、何らかの「現象」を介在させなければできません(実在が無い、定義上のものだから)。温度も同様で、温度は水銀柱の膨張という現象で「測定」して世界共通です。時間は、、、上記の例では、ビデオやスナップショットです。ところが、温度と違い、時間は「人の解釈によって異なる」ということがありうるのです。

時間、って面白いと思っていただけましたか?今日はここまで、とします。

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