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公私のケジメ

舛添都知事の政治資金の流用疑惑、公私混同疑惑が巷を賑わせています。このままの勢いでは、早晩自任に追い込まれるだろう、、、と予測しています。

公私のケジメは舛添知事ならずとも付けなくてはなりませんが、でもその線引きは非常に難しい、と思っています。

幾つかのケースを記しますが、ここから先は、「舛添」知事とは分離して読んでください。

1) 例えば都知事という肩書を持った「個人」が家を借りることを仮定してみましょう、職業欄に都知事 と書いた瞬間に、ベンチャー企業の社長よりは「信頼」されることでしょう。その結果、ベンチャー企業社長なら借りることができない物件も、都知事なら借りることができる。これって、公私混同ですか?

2) 良い仕事(公)をするためには、家族の協力(私)は欠かせません。いつも協力してくれている家族に、公人として「感謝の食事会を行う」のは、どうでしょう?どの程度までなら許されるものなのでしょうか?
日本には、内助の功、という言葉もあります。この言葉自体、公私の線引きが出来ていない一例だとも言えます(少し極論ではありますが)。

3) 例えば、都知事としての経験や思い出話を、都知事を辞めた後に出版する。その印税は個人の物になります。これって公私どちらですか?無風凧はかつて、大学院時代の専門分野の英語の教科書をを、就職後に訳して出版したことがありますが、著者略歴にその企業名を書いただけで、「業務出版物だ」「事前申請がなされていない」とのクレームが付き、当時としては大変な思いをしたことがあります。これって、公私混同だと思いますか?

考え始めると、ドンドン深みにはまってしまいます。でも、皆さんも悩むのではないでしょうか?

このように、公私の線引きは難しい、、、では、なぜ難しいか。その理由について、次回考えてみたいと思います。

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