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私立大学の定員割れ(4)

3. 学校の施設や指導力による積み上げ

意外と忘れられやすいのですが、、、大学生を教育する「教員」の能力的な限界というのが存在します。

たとえば。卒業論文を指導する(卒論が卒業の必要単位とします)、なんてことを考えると、一人の教授で面倒を見ることができる上限はおのずと決まってきます。

大学設置基準(コチラ 参照)を参照すると、理工系の場合、14人の専任教員がいる場合、400人が上限のようです。つまり、学年あたり100人が、定員。100÷14≒ 7. 卒論の指導を7人しなくてはならないことを考えると、経験的には「超ブラック企業」のような気がしますが(笑)、決して不可能な数ではないような気がします。(実際は、講義を担当する 非常勤講師 が多数存在していて、その方々のおかげで常勤の教授たちがなんとかこなしているのでしょう、、、)。

また、一人の専任教授の「時間的制約」も積み上げの要素の一つですね。講義や演習もしなくてはならないから、その時間が見込まれなくてはなりません。

加えて。大学は、教育だけを行うわけではありません。「深く真理を探究して新たな知見を創造」する必要があります。つまり。教育をする時間ではなくて、研究をする時間。そのための時間も、教授一人一人に必要になるでしょうから、実際は、それらを考え併せて、積み上げの定員数 を決めることができます。

無風凧的には。 理工系の場合は、一人の専任教員が指導することができる上限値は学年あたり3人。文科系で5人程度だと思っています。文科省の設置基準はその2倍以上ですから、非常勤教員たちが頑張る!というのが、、、今の日本の大学事情であることは頷けます。

ただし。この考えは、大学定員を考える際に必要ではありますが、私立大学の「定員割れ」の原因ではないようですね。

# 一般教養の教員については、別途考える必要がありますが、今回は割愛とさせてください。

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