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経営者は独裁者たれ

少し刺激的なタイトルですね。独裁者、というと「悪政」をイメージすると思いますが、決してそういう意図ではありません。

昨日、経営者の資質として「徳=万人が受け入れる施策ができる」という話をしました(コチラ参照)。この言葉をそのまま鵜呑みにすると、「大衆迎合」になってしまいます。これは、人気は出るかもしれませんが悪政であることはご理解いただけるかと思います。例を三つあげて解説しますが、適切ではないかもしれません。意をくみ取っていただけると幸いです。

この独裁。母親が子供が嫌がるニンジンやタマネギを食べさせることに似ています。母親(経営者、為政者)が、子供(従業員、民衆)のご機嫌をとるなら、子供が好きなケーキやハンバーグを与えておけばよい。でも、それでは栄養が偏り、健康な体を保てなくなります。だから、母親は野菜も食べさせる。この食べさせる行為が「独裁」なわけです。

次の例は背反がある場合。企業におけるカニバリズム(共食い)が分かりやすいでしょう。一言でいえば、イノベーターのジレンマへの対策です。ビジネススクールなどでよく用いられる例はレコードとCDでしょうか(今の若い方は、レコードをご存知ないかもしれませんね)。レコード事業が大きく、CD事業がまだまだ小さいときに、いつ、切り替えるか。このタイミングは、多数決では決められない。経営者が「えいや」と見切って舵を切らなくてはなりません。これは多分に独裁的です。

ルールを決める場合。ある日突然、自分の家の前の道が一方通行になってしまったら、あなたは不便を感じることでしょう。でも、町全体の交通量を考え、また事故の発生を考えた場合、一方通行にする必要がある、、、、と考える。ここで「考えた内容」は、実際は単なる予想にすぎず、思い込みだけかもしれません。だから、施行するのは、ある意味では独裁的な判断が必要です。将来、「事故が減った」ときに、初めて貴方の主張の正しさが証明されて、一般の方に受け入れられることになるでしょう。

これらの場合の「独裁者」は、一歩高い地点からものを見ています。そして、未来を予測したうえで施策します。だから、「今」の民衆からみたら独裁者で受け入れられなくても、5年後10年後には受け入れられる(感謝される)。きちんと説明すれば「今」でも受け入れられるかもしれませんが、、、なかなか大変でしょう。

だからこのような意味で、独裁者たれ、と無風凧は主張します。

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