G型についてさらに考える
さて、一昨日の続き(一昨日は コチラ 参照)。
G型とL型と直接つながるわけではありませんが、以前の記事にも関係ありますので、取り急ぎ”カテゴリー「大学はかわらなくてはならないのか」”を読んでいただけると嬉しいです。
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さて。準備ができたところで。
言いたいことは、”教養=文化”をどのようにとらえるのか、ということ。大学において、一般教養として扱われている、と皆さんおっしゃる内容の問題かもしれません。
グローバルに、、、あえて対外国という前提で、、、活動するには、日本について知る必要があります。グローバルに活動しようとすればするほど、「日本」について詳しくなくてはならない。
無風凧が外国の方とお話しすると、必ずと言ってよいほど、歌舞伎の話、相撲の話します。そして音楽家と話をする場合には、日本の伝統音楽について訊かれることも多いし、古典文学の話も興味があるらしい。
日本に来るお客さんをエスコートして、浅草寺、歌舞伎座、鎌倉、、、などに行く。その際は、歴史も相当詳しく知ってないと(教科書で習う歴史というよりは、雑学的な歴史知識ですけど)対応できない。
そのうえで。外国の文化も知ってなくてはならない。クラシックの音楽会であくびをしない程度の教養、、、、
これらができて、初めてグローバルな人材だといえます。
でも、このレベルで話ができる人はほとんど見たことないですし、今の日本の大学教育では、教えることがないといえます。少なくとも、無風凧の考えるレベルで教育はなされていないし、さらに言えば教養科目として「教える」としたら、「どのようなカリキュラムになるか」考えるだけで何十年とかかるかもしれません。
でも。G型で活躍するためには、必須。英語や経営分析力や、、、よりも、日本人としてはるかに重要なことだと思うのです。
もし。「大学を変えなくてはならいのか」と訊かれたときに、グローバルに通用する人を育成するためには”教養教育が必要”というのが、無風凧の主張の一つです。そして、これこそが”文化”なんだと考えています(今日は文化の日)。
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