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イタリア協奏曲

数日前の話。

スタバで仕事をしていると、聴き慣れた音楽がながれてきました。J.S.Bach作曲のイタリア協奏曲。ただし、通奏低音としてチェンバロを使う室内オーケストラ用(弦楽器+木管2管編成)に編曲されている。

聴いていて、、、申し訳ないのだけど「イタリア協奏曲が可哀想だ」と思ってしまいました。

この例に限らず。「編曲」はよくなされます。有名なところでは展覧会の絵をあげることができます。展覧会の絵は、ムソルグスキーのピアノげんきょくも素晴らしいし、ラヴェル編曲のオーケストラ版もすばらしいとおもいます。

このように、「新しい表現を求めて=芸術的動機によって」編曲されるものはよいのですが、もうひとつ、「この曲を演奏してみたいから」「難しいけど簡単になれば、、、」「取り敢えず違う編成でも、、、」という編曲もあります。珍しい編成での演奏会では、その編成の曲が少ないので、無理に編曲する、ということもよくあります。今回のイタリア協奏曲は、まさに後者だったのだと思います。このような編曲は、ある意味では原曲を冒涜している、と無風凧は考えます。

だからなんだ、というわけではないのですけどね。

今日はこのへんで。

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