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褒め言葉としての「世界の二流」

無風凧は、音楽会(特にクラシック系)に良く行きます。年間30~50回程度でしょうか。勿論、レベルはピンからキリまで、色々なものに行くことになります。出来不出来があるのは、人の演奏だから当たりまえ。一流の演奏家の演奏会でも不出来でガッカリすることもあれば、殆ど無名で、客席もまばらだったけど無茶苦茶感激することもあります。

そんな演奏会の中で、気に入った演奏家、団体に「世界の二流」と評することがあります。なんで一流じゃないのか、って?

無風凧の中での定義ですが、世界の一流も二流も、テクニックなどは、殆ど差がない。違いがあるのは、プロモーションの巧さや、来客の層。そして、チケット代金というところです。

無風凧的に着目するのは、まず選曲。「いわゆる一流」の演奏家は、殆どポピュラーな曲で占められます。新曲もなかなか取り上げない。反面、二流の演奏家は、チャレンジングな(あまり有名ではない)名曲を好んで取り上げます。一流は、名曲アルバム的、二流は自分のテーマを持った選曲と言えば、分りやすいでしょうか。

クラシックの場合、知っている曲のほうが拍手が大きくなる傾向があることも見逃せません(拍手が多い=一流の証、と思われるから)。だから、名曲アルバム的に成っていくのでしょう。

また、こういうと失礼かもしれませんが、一流と目される高名な演奏家の場合、その日の出来栄えや音楽性云々より、その演奏会に参加したことに満足される観客も多く、拍手されることが多いように感じてます(勿論、無風凧の主観的評価です)。

演奏解釈も、二流の方の演奏会は斬新なものが多い(一流に比べて、という意味です。もっとも、既に評価されたフォームが出来ている方が一流だから、一流の方の演奏は斬新ではないと言うのも一理あります)。良し悪し(好き嫌い)はありますが、ハッとさせられることが多く、スリリングです。

で。
こういう演奏会は、前評判があまり高くないことが多く、チケット代もリーズナブル。

つまり、無風凧的には「拍手や来客は少なくても、スターダムにはのってない演奏家であっても、いわゆる一流を凌駕する感動を与えてくれる演奏=世界の二流」と呼んで、最大の賛辞を贈っているのです。

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