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ランキングについて考える(39)

前回に続いて、AR(Anthropogenic Ranking、人為的ランキング)の話。

まずお断りです。 無風凧が小学校の頃、「士農工商が身分制度として江戸時代に存在した」と習いましたが、最近の歴史では、教えていない、らしいです。また、研究者によっても意見が割れていて、「農工商は同じ扱いだった」というものも存在します。そのような日本の実情は、別途議論していただくとして、人為的ランキング の成立を考察しています。

四民の概念は、儒教的な思想が根底にあります。儒教の四民にかぎらず、世界中のどの国・地域・時代でも支配層と被支配層が分かれることは、想像に難くない。これは、区別した瞬間に2層のランキングが出来てしまうことを意味しています。

この支配・被支配の関係が、どんどん細分化していくとしたら、、、、ある意味では、「支配・被支配の評価軸=ランキング」ができていくことになります。こうなれば、職業による区分 のようなことは置きにくいことになります。なんせ、基本は「喧嘩の強さ」みたいなものですから、体力・腕力・金力。。。。などの軸があります。

実際の四民は、そういう成立ではありません。儒教"思想"で、支配層の次に重要な"役割"としての"食べ物供給"があった。だから、士の次が農。士の持つ武器や農のための鋤鍬をつくりから工、お金を生みだすことを潔しとしない思想だったので、最後に商。

このように、「思想」だけで順番がきめられたのが、四民です。なんらかの実態をもつ評価軸が存在しないランキングは、このようにして生まれてきたといえます。同じ身分制度でも、カーストは少し違うようです(最初の支配層・被支配層に分かれるところは同様ですけど)。

では、このようなAR=人為的ランキングは他にどのようなものがあるのでしょうか?

それについては、次回のお楽しみ。

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