ハート型土偶さん:
私って、美人? 美人よね!? 美人と言って!!
写真出典 自前のiPhone4S
昨日に続いて、東京国立博物館での一枚。有名なハート型土偶ですが、実物とゆっくり話をしたのは、初めてでした。無風凧には上述のように、"私、美人でしょ!"と強く主張しているように感じられました。「美人の基準」は時代によって変わっていますが、女性が「美人でありたいと思うこと」は、古今東西とわず、普遍のようです。それは、「美人である=良い男性が見つかる=子孫繁栄」という図式の表れのようにも思います。
縄文後期には、このようなハート型土偶は沢山作られました。今だからこそ、「ハート」という言葉があって、この形は「愛情」や「心臓」をあらわすことが多いですが、土偶が作られた縄文時代にはそういう意味はありませんで。だから「ハート」という言葉で、「良い男性を見つけるための愛情」を意味しているというのは、早合点。言葉に惑わされないようにしなくては、この土偶が作られた本当の意味は見つかりません。
無風凧がこのハート型土偶を見ていて思い出したのは、中ツ原遺跡から出土した「仮面の女神(たとえば コチラ 参照)」。ハート型土偶とはほぼ同時代のものです。共通項は「あごが尖っている=三角形」。このように考えると「顔が三角形であることに何か意味がある」と考えることが出来るのではないでしょうか。
少し話は横にそれますが、日本人には狐顔、狸顔があります。狸顔は「原日本人」、狐顔は「征服日本人」といわれることが多い。つまり、縄文人(狸顔)を弥生人(狐顔)が征服して言ったのが日本の大きな歴史の流れと考えることが出来るとすれば。
当時朝鮮からの渡来人女性(狐顔)は、当時の日本人男性の憧れだったのではないでしょうか?当然、狐顔=三角顔はモテる。だから、日本人女性(狸顔=四角顔)は、少しでも三角顔になりたいと思う。その気持ちを、土偶として表したのがハート型土偶であり、仮面土偶なのではないか。
ではなぜ、「なぜ土偶?」だったのか。一つは、ある意味の「偶像」でしょう。つまり、三角顔の土偶を見ることにより、自分も「三角顔」に近くなりたという願望の発露。しかし、それだ以上に即効性が欲しい。それが、仮面の女神。実際の顔が三角ではなくても「仮面」であれば、三角顔になることができます。
しかし。無風凧はもう少し違う意味があったのではないか、と考えます。それには、「遺伝」の視点が必要になります。縄文人たちも「親子」の形質が似ていることは理解していたのでしょう。親が三角顔なら娘も三角顔になる。だから、豊穣・多産 を願う気持ちをあらわした土偶、に「美女であって欲しい」願望が加わり、仮面土偶やハート型土偶が作られたのではないか。(美女=モテる=子孫繁栄、のロジック。)
形質が遺伝するためには、本当の顔が三角であるべきと考えればハート型土偶。親が三角でなくても三角であると錯覚させるのでもよいと考えて仮面土偶。いずれにしても、自分の子供のことを考えている。
以上をまとめると、
ハート型土偶や仮面土偶は、
「娘が美女になり、美女であるからこそ子孫繁栄を願うことが出来る」
というロジックで作られたもの
という仮説にたどり着きます(仮説1)。
以上を認めると、
原日本人(狸顔)は渡来人(狐顔)に征服された。
また、それは「当時の美人の基準」によるものだった
というトンでも仮説 も生まれてきます(仮説2)。
最後に、別の例を示します。
仮説1は、
「男性が皆さん「金髪」好みとして、女性は髪を脱色して金髪っぽくする。その金髪であることが、子供にも遺伝されるように願う。」
というもの。そして、仮説2は、
「日本人男性が、皆さん金髪女性を願ったので、白人(金髪人種)との交配が進み、数十世代かけて、ついには、日本人が白人になっていった」
ということです。
無風凧は、ハート型土偶さんと会話しながら、このような仮説を思いつきました。
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