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ランキングについて考える(34)

ちょっと気が早いのですが、そろそろ「2012年の十大ニュース」のようなことが取り沙汰される時期になってきました。TVや雑誌などで特集されるこの「十大ニュース」というのも、ランキングの視点で見ると、ちょっと面白いものが見えてきます。今迄の復習も兼ねて、ちょっと考えてみましょう。題して、「十大ニュース、どうやって順位を決めているの?」

十大ニュースが「街頭アンケートの結果」であれば、これはSR(社会的ランキング)の一種です。その意味では「統計的」なのでしょうけど。ここで3つ、疑問を提示します。

まず、インタビュアーが事前に与える候補 で、一度すでにスクリーニングがされていると言う点。この時点で既に「主観」が入っていますので、客観性が下がることは論を待たない。これは、WebのSEOと同じで、一ページ目に載せてもらえるか否か、が重要だということと同じですね。

その上で。あなたは10番目と11番目に厳密に区別をつけることが出来ますか?無風凧のblogに「好きな音楽」のシリーズがあります(カテゴリー 「音楽」 参照)。この中で「好きな○○ベストテン」を何度か書きました。ピアノソナタ、交響曲、編曲物、、、などなど。この際にいつも困るのは、10個じゃ書ききれない、と思うことと、5番目くらいまでは順位が付くのだけど、それ以降はあまり差がない、ということ。ベスト10と書いていながら、6番目に好きな曲が30個くらい出てきたりする。

さらに。重み付けがなされていないランキングだと、直感と結果がずれる。というのは圧倒的な一番がある場合、それも1票。ギリギリの10番も一票という決め方出よいのか、ということです。

ついでに言えば、脳内の「忘却」により、年初のものの方が軽くなり勝ち、というのもありますね。これは「ランキング人仮説」には入らないかもしれませんが、十大ニュースの一つの特徴でしょう。

ここまでは、ランキング人仮説の立場で書いてきましたが(今迄の復習)、もう一つあります。例えば、「何も起きなかったからそれがニュースだと思う」場合。例は良くないかもしれませんが、今年、野田首相が解散しなかったら、それはそれで「大ニュースだ」と思う人は多いでしょう。無風凧も新聞などの世論を読んでいて、今年解散しないのは奇跡に近いことだと思います。でも、これって「何もおきていない(解散してない)」から特段のニュースにならないと思うわけです(ニュースというのは、「何かが起きた」ことを伝えるものですからね)。人は「変化を求める」生き物だとすれば、これも人間の性質でしょうし、重大さ、の定義の問題にも踏み込む必要が出てくるのかもしれません。

今回はちょっと うだうだ 感がありますが、このあたりで。

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