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番外編、、、オリンピック(1)

水曜日に、他の記事に当たる事が続き、「ランキングについて考える」が2週、飛んでしまいました(記事の優先順位については こちら 参照)。

その間、オリンピックが始まりましたので、日曜日ですがオリンピックとランキングについて、雑感を書いてみます。

ロンドンオリンピックでは、ついに男子柔道で金メダル0。 篠原監督にはお疲れ様、と同時にもっと結果を! と応援します。

さて。ランキング仮説的に考えると、柔道ほど不可解なゲームは無い、と言えます(ちょっと言いすぎ)。柔道は格闘技。だから基本的には「強い者」が勝者です。これに異論がある人はいないでしょう。ただし、格闘技とはいえ、スポーツですから、ルールがある。

この「スポーツ」となったときに、一番厄介な「ルール決め」。ルールとは「ある行為(所作)・事象に対する判断基準」のことです。例えば、「髪を引っ張る」→「反則」 という関係です。

このルールは、「客観的なもの」であることが、ルールの公平さを保つ上で必要になります。*綺麗に決まった*一本背負いなどは、誰が見ても(つまり客観的に)判ります。つまり、「一本背負い」→「勝ち(もしくは負け)」というルールが成立するのですが。

ここで重要なことは、「綺麗に決まった」の部分。綺麗と言うのは、客観的にあらわすことが出来ない。つまり、ルールとしては「不適切」なわけです。ロンドンオリンピックでは、海老沼選手の判定が覆ったというような事件がありましたが、審判の技量向上よりも、柔道のルールが、既にこのような曖昧さを持っているわけです。

格闘技系は、全てにおいてこの曖昧さがあるのかもしれませんが、柔道は特に曖昧なように感じています(下記注参照)。

オリンピックは、金銀銅をはじめとした、「ランキング」が最終的に決定されます。にもかかわらず、ランキングをきめるための「評価軸」「評価基準」が「原理的に決められない」のが今の柔道なのです

注: この曖昧さは、万人が「強さ」を絶対軸だと思っている格闘技において、「力と技を判定する」という審判が存在することで生じているともいえます。ランキングの「軸」が2軸あるわけで、これは聴衆としてはわかりにくい。改善策としては、審判は「禁止事項だけをチェックする」ことしにて、試合結果は「片方が気を失うか参ったと言うまで戦う」ということが考えられます。これだと、2軸は一致しやすいし、かなりの部分で曖昧さは排除できます。(まあ、これで完璧と言うわけではないでしょうけど。)

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