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乱れる日本語

言語は生きているもの。時代によって変化していくことは仕方無いことだと思っています。

「彼はキレルね。」

の意味が昔と今とで異なっていることは、その最たる例ではないでしょうか。今の若い方は知らないかもしれませんが、「剃刀の様に切れる奴」というのは、昔は褒め言葉中の褒め言葉だったんです。

この例は、まだ変化していった過程がわかっていて、「堪忍袋の尾が切れた」の「切れた」、もしくは「あまりの言葉にぶち切れた」という場合の「切れた」の拡大解釈なんだろうな、と思うわけですけど。

では、次の例は如何でしょうか?実話です。

「勿体無いお話しです。私のような若輩者には役不足で恐縮してしまいます、、、、」

オカシイところが判りますか?蛇足気味ながら書くと、「役不足」は、役が不足しているのであって、本人の技量が上であることを意味しています。尤も、話している方は遠慮もしくは謙遜をしているのでしょうから、正しくは 「大役で恐縮」とすべきでしょう。

「役不足」の例などは、日本語が乱れていってるなあ、、、と感じる一例ですが、もう一つ、挙げてみましょう。

「私は、故師匠の衣鉢を継ぐだけですから、大した力はもっておりません。」

「衣鉢を継ぐ」という言葉の意味を完全に取り違えているとしか思えません。この発言をした方とお話しをする機会があり、詳細を伺うと、

 「私は、故師匠から正当な後継者に衣鉢を渡すための 中継ぎ にすぎませんから」

とのこと。こうなってくると、「新しい意味が付加された」と思えるほど。ちょっと古い人から見れば、言葉は乱れに乱れている。にもかかわらず、昨今は「衣鉢を継ぐ、という難しい言葉を知っている」ということで文化人っぽく見えるから不思議です。

ついでにもう一つ。ある方(この方は文化人としてかなり高名)は、「四苦八苦の四苦」を訳して「生病老死」 と言います。「生老病死」ではないのです、、、きっと、最初に記憶したときに間違えたのだと思いますが、とっても残念。

おっと、ちょっと脱線気味になってきましたが、無風凧からのお願い。

日本語は正しく使いましょう。

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